それに対して仲達は、たどたどしい口調でこう答えた。
「老いぼれのうえにこの病、わしも長いことはない。并州に赴任するとのことじゃが、あそこは異民族と隣り合わせの地、心してつとめるがよかろう。もはや生きて会うこともあるまい」
李勝は、赴任先を「荊州」と言ったのだが、発音の似た「并州」と聞き間違えた風を装い、仲達はトンチンカンな会話を続けていく。
この絶妙のお芝居に、李勝はコロッと騙されてしまった。帰ってから仲間に、
「もう仲達殿もおしまいです、お可哀そうに」と報告、曹爽グループは以後、仲達を警戒しなくなった。
ところが、皇帝のお供として曹爽グループが都から出払うと、その隙をねらって仲達はクーデターを起こす。軍権を掌握して一挙に都を支配下においた。
曹爽グループは、降伏すれば命は許してやるという、司馬仲達の言葉を信じて軍門にくだるが、結局、罪を着せられて全員死罪になってしまった――。
彼らは、見た目で仲達を判断したツケを、命で贖う羽目になったわけだ。
同じような話は、先ほど例に出した書店の現場にもある。
あるとき、気の弱そうな若い女性に痴漢行為を働いた中年男性が、事務所に連れてこられたのだが、そこで女性の態度が一変。店中に響き渡る声で、
「このやろー。土下座しろー」
が痴漢の動作が鈍いと見るや、
「土下座っていうのは、床に頭を擦りつけるんだよ」
と怒鳴りながら顔を蹴り上げ、哀れ男は1メートル近くもすっ飛び……。
ビジネスにおいても、重要な人物が、それに見合った容姿をしているとは限らない。見た目で舐めてかからないのが、失敗しないための一里塚なのだ。