ところが往々にして人は自分が上司の立場になると自分の得意な分野で部下を評価しようとする。その傾向が強い上司の部下は不幸だ。得意分野が重なっている部下など要らないのだから。課長になろうが部長になろうが、人の上に立ったら、自分とは違う能力、自分とは違う分野が得意な人たちを正しく評価できなければいけない。そんな考え方だから職場が変わるたびに「數土さんの新しい部下は、いつも従来の人事考課よりもワンランクよくなってしまう」と人事課から言われる始末。普段から「あれは素敵だ」「これは素敵だ」と言って歩いているのだから仕方がない。

日本のビジネス社会は減点主義だというが、減点主義の蔓延った組織がまともに動く道理がない。川崎製鉄とNKKの統合の際にも、そこを強く意識した。2つの会社が1つになるときに、互いの欠点をあげていては、シナジー効果は期待できない。相手の長所を積極的に取り上げないと収益は上がらない。相手に敬意を表する仕組みをどうやってつくるかという発想から、福山(NKK福山製鉄所)と倉敷(川鉄水島製鉄所)、京浜(NKK)と千葉(川鉄)の部長を全部入れ替え、営業も1つに集約したのである。

マネジャーの必須条件の一つは人間に興味があること、あるいは人間が大好きなことである。部下が困っている。得意になっている。悩んでいる──。人間に興味がなかったらわからないし、欠点ばかり目について長所は見出せない。

もちろん、部下を褒めたり、長所を認めるだけで組織は機能しない。ビジネスは食うか食われるかの戦争である。私は「役職機関説」と言っているが、課長としての機能、部長としての機能、社長としての機能をそれぞれが果たさなければ組織は生き残れない。だから職責がまっとうできていないときには川鉄時代から容赦なく指摘してきた。

会議の席などで厳しく問うのは論理性である。よく言っているのは、You can not manage what you can not major(数字化、定量化しなければマネジメントできない)ということだ。定量化の最たるものが収益だろう。