現金の叩き合いの渦中に「前金を払わない」厚労省

日本人全般の買い付けが拙劣だ、と交易業者は言う。「日本人バイヤーは歓迎されない。わずか1000枚単位の発注まであるから工場には嫌われるし、しかも安くないと買わない。ドラッグストアなど小売業のバイヤーが、『サンプルを確認した。モノはいいのはわかった。でもコロナ前にはこれくらいの価格で売ってたのに、これ(高値)ではユーザーに逃げられるかも……』と怖がって買わなかった。だから日本国内で流通しなかった。何をやっているんだか」(同)

詐欺や不払いが頻繁に横行したことが、行儀のよい日本の買い手を委縮させていたとはいえ、それはどこの国でも同じ条件である。

「厚生労働省も上から目線で前金を払おうとしないから、業者が立て替えなければならない。平時ならともかく、現金で叩き合いをやってるさなかに、支払いが納品完了後1カ月なんてアホですか。マスクや防護服、手袋を買いそびれたのは、そこが理由です」(前出・貿易商)

ただ、中には「困っている人がいるから」と、薄利でも市場価格で買い取り、自治体に納品したり、ネット通販で数百万枚売った日本の会社もあったというが。

平時より高値だと、それだけで疑心暗鬼になるユーザーも問題のようだ。「日本の消費者は、原価も知らないのに『1箱3000円』とかだと、ボッタクリだとか言ってもう買わない。で、ちょっと安いのが入ったらドラッグストア前に行列をつくる。コロナ前のマスクの原価は2~3円ですが、コロナ後は20円~30円。10倍ですよ。安けりゃいいというだけで、適正価格というものをわかろうとしない」。価格が高騰する主因は市場原理であって、悪徳業者のボッタクリとは限らないというわけだ。

マスクの価格崩壊のきっかけは「自粛」だった

もちろん、マスクが世界的な品薄だったことは間違いない。が、マスクそのものが市場から消えたわけではない。コンプライアンスの過剰な順守意識と、「よい品をより安く」という建前に縛られた日本の買い手と売り手の感覚、あるいは長年の間に染みついたデフレマインドが、荒っぽい買い付け戦争への参入を阻んだ一因であろう。

さて、一般向けマスクのひっ迫状況は唐突に終わりを告げた。「5月の連休明けに一気に下がり始めた。価格崩壊が起きた。こうなるとは予想がつかなかった……」(営業部長)。

きっかけは、4月7日発出の緊急事態宣言による自粛入りだ。「一般向けサージカルマスクの輸出を3月いっぱい止めていた中国が、ひと段落して4月に解禁。自粛入りで皆が外出しなくなったことでマスクの使用枚数が激減し、価格が一気に下がった」(同)。テレワークに入る前は、企業が社員に配るためにまとめて購入していたが、それがなくなった。日本の業者は比較的質のよいマスクを税込み単価25円~27円くらい、質の悪いのでも23円あたりで仕入れていたが、それが冒頭のような10円そこそこ、半値まで下落したのだ。

「政府も最初は買っていましたが、4月の段階で、すでに一般向けマスクは『もういらない』状態でした」(交易業者)

4月1日に配布が発表され、6月にようやく家庭に行きわたった“アベノマスク”の貢献度については懐疑的だ。「『受給関係を改善させ、マスクの価格を下げた』みたいにいう人もいますが、連休明けにはまだ出ていなかったし、関係なかったのでは。何せ発想が異次元過ぎて……中国のちゃんとした工場に頼めば、虫や髪の毛が入ったりは絶対にしません。よほど(安く買い)叩いたんでしょうねえ」(コンサルタント)。