「カネになり才能溢れる商品」にした大崎会長

2人の素質は、やはり高かった。明石家さんま、オール巨人、島田紳助の3人がNSC寄席を見に来てくれたとき、「1組だけすごいのがおるな」と意見が一致していた。

竹中功『吉本興業史』(角川新書)
竹中功『吉本興業史』(角川新書)

ただし、NSCを卒業したあとは、ダウンタウンよりトミーズが評価され、賞レースでも結果を出していった。どうして逆転現象が起きたのかといえば、トミーズの漫才は万人受けするものだったのに、ダウンタウンの漫才は客を選ぶタイプのものだったからだ。それでも、2人は一般ウケを狙って迎合はしなかった。独自の路線を貫いていたことが、現在の地位につながっている。

大﨑現会長は、NSCの中でダウンタウンが頭角をあらわしだした頃、東京から大阪に戻りNSCを担当するようになり、2人の面倒をよく見ていた。ダウンタウンを生み出したのはNSCであっても“カネになり才能溢れる商品”にしていったのは大﨑だったといえる。

そこには純粋な「ファミリー」があった

吉本にとって、1期生の存在は大きかった。彼らもまた、あの時代を大切にしてくれているようだ。

2008年(平成20年)9月、冨井が定年退職で吉本を離れることになったときには、1期生が自発的に集合をかけて「冨井さんを送る会」を開いてくれた。芸人にはならず、一般社会で働いていたNSC同期の人間も含めて30人くらいが集まった。

伝説の1期生が集まるとなれば、それぞれのマネージャーをはじめ、吉本のスタッフは、誰もが参加したがったのだが、シャットアウトした。芸人ではない吉本の人間で参加したのは冨井と私だけだ。2期生からは小間使い的な意味で2人ほど参加して、あとは1期生ばかり。「仕事で行けない」と言っていた松本も、途中で顔を出していた。

あのときのあの居酒屋には、ヘキサゴンファミリーにも似た純粋な意味での「ファミリー」があった気がする。

なつかしく、幸せな時間があったのだ。

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