朝日新聞の捏造にどれほど意味があったか
この何が問題なのかと言えば、軍票は日本軍の劣勢とともにインフレになり(――当たり前だが、軍票の信頼性は日本軍の信頼性とイコールだから)、敗戦と同時に無価値になったからだ。他方、日本円は当然これまた日本の敗戦と同時にハイパーインフレ状態となり、慰安婦が必死にためた貯金は紙くず同然となる。「慰安婦に給料を支払ったから問題はない」という意見はここで完全否定されるのである。
また日本軍による強制性だが、「日本軍が韓国・済州島でトラックにのせて婦女子を強制連行した」という吉田清治の証言は、証言当初から近代史家によってその信憑性が疑問視されており、これをくだんの済州島で現地調査を行い、偽証であると早い段階で認定したのが実証史家の大家である秦郁彦である。が、秦は吉田証言を全否定しているが、慰安婦の存在を一切否定していない。あくまで吉田の言っていることが嘘だというだけの話である。
ここで問題になるのが朝日新聞の報道である。ご存じの通り朝日新聞は吉田清治の証言を真実だとして複数回紙面に掲載した。後に撤回したとはいえ、当時からその信憑性が疑問視されていた吉田証言を何の疑いもなく紙面に載せたという事は、これは確かに朝日新聞の落ち度である。日本の右派はこれを以て「慰安婦は捏造だ」というが、しかし国際社会は日本軍の戦時性暴力を吉田清治の嘘を以て見直すという機運には全くならなかった。
捏造があったのところで崩れない真実
なぜなら国連による戦時性暴力報告書、いわゆる「クマラスワミ報告書」(1994年)には、吉田清治の証言が「短く二か所」登場するものの、吉田証言が無くてもこの報告書は十分すぎるほど成立するからである。「クマラスワミ報告書」はWEBでだれでも見ることのできるPDFとして日本語訳も公開されているが、日本の右派は「国連は反日」などと決めつけ、この報告書の日本語訳を全く読んでいない。もちろん、戦後も半世紀程度たった時点で造られた報告書であるから元慰安婦の証言に忘却点、事実誤認、誇張はあるだろう。
しかしながら日本軍が従軍慰安婦を広範な戦線に帯同させていたことは事実なのである。そしてその過程で、仲介業者等が半ば詐術を以て朝鮮や台湾の女性を、実態は慰安婦業務である旨の事実を隠して勧誘を行っていたこともまた事実なのである。これを「広義の強制性」という。日本の近代史家も、欧米の戦史家も、「日本軍が女性の首根っこを摑まえて無理やり拉致して慰安婦にした」などという無理筋なストーリーについて誰も事実だと思っていない。そんなことを信じている者は誰もいない。