イギリスを拠点に活動する匿名の芸術家バンクシーは、なぜ世界から注目されるのか。東京大学文学部の三浦俊彦教授は、「彼の絵は美術作品としては大したものではない。だが、ほかのアーチストに比べて、著しい『売り込み能力』がある」という——。
フランス・パリのエスパス・ラファイエット・ドゥルーで開催されたバンクシーの展覧会「The World Of Banksy」より(2019年6月18日)
写真=ACA PRESS/時事通信フォト
フランス・パリのエスパス・ラファイエット・ドゥルーで開催されたバンクシーの展覧会「The World Of Banksy」より(2019年6月18日)

ストリートアートを一般的な芸術活動に押し上げた

街のあちこちに無断で落書きをする「ストリートアート」「グラフィティ」は、何十年も前から行われていたアートの一形態です。ジャン=ミシェル・バスキア(1960‐88)のような、その生涯が映画化された有名なストリートアーチストもいました。

しかし、ストリートアーチストの活動が世界的なニュースとなり、ゲリラ行為を超えた一般的な芸術活動として報じられるようになったのは、バンクシー以降だと言えるでしょう。

ヘロイン依存症で夭逝したバスキアの、アンダーグラウンドなイメージとは異なり、バンクシーは、ストリートアートを日の当たるところに引っ張り出しました。「新型コロナウイルスで最前線に立つ医療従事者を称えた絵」を病院に寄贈し、その収益がイギリスの国民保健サービスに充てられる道筋を作るなど、バンクシーは国際社会の道徳にすっかり適応し、なじみ、愛される存在になっています。

落書きというれっきとした犯罪であるがゆえに、これまで非公式に評価されていたグラフィティという芸術ジャンルを、一挙にジャーナリズムとアカデミズムのメジャーな話題にまで押し上げたバンクシーは、アート業界の新たな活性化を実現した興味深いエージェントです。これからの芸術の在り方、変わり方をほのめかす存在から、予告する存在になったバンクシーという現象を、その三つの特徴から捉えなおしてみましょう。