西バルカンを中国に取り込まれたEU

すでにEUは、コロナ禍で裏庭とも言える西バルカン諸国(アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、北マケドニア、コソボ、モンテネグロ、セルビア)で中国の台頭を許し、EUの求心力を低下させる外交・安全保障的な失態を犯している。EUはコロナ禍の当初、マスクのEU域外への輸出を禁止したが、その際に潜在的なEU加盟候補国である西バルカン諸国へのマスクの輸出まで禁止した。これにつけこんだのが中国である。

中国は西バルカン諸国の中心であるセルビアやボスニアなどにも「マスク外交」を展開し、サポートに努めた。西バルカン諸国は中国が描く「一帯一路」構想の欧州における拠点とも言える地域であり、ロシアやトルコとも近接している。そのため同地域のEU加盟は、本来ならEUにとって外交・安全保障上、非常に重要な意味を持っている。

にもかかわらず、EUは西バルカン諸国に対して冷淡な姿勢を見せてしまった。その後EUは、5月6日になって西バルカン諸国に対して33億ユーロ(約4000億ユーロ)の財政支援を行う姿勢をようやく示したが、一連の経緯からは、西バルカン諸国の重要性は認めながらも本音ではEUへの加盟を歓迎していないEUのご都合主義が透けて見える。

他方で、中国は戦略的に西バルカン諸国を取り込むことに成功した。EUと対極的に、中国の行動は極めて実利的な観点から行われている。域内の財政支援では相応の対応を見せたEUだが、近隣諸国への財政支援に関しては悪癖とも言えるご都合主義を露呈させたことになる。そうしたご都合主義は、EUに内在する対立と協調の力学の産物でもある。

EUの「南北対立」は日本経済も不安定化させる

今年1月末の英国の離脱で初の縮小を経験したEUであるが、それでも共同体を構成する独立国の数は27にもおよぶ。そのため、合意に至る過程で各国の利害が衝突することが恒例となってしまっている。今回のコロナ禍でもまた、各国の利害が衝突しており、危機対応に脆弱であるEUのさまが改めて浮き彫りとなっている。

裏を返せば、時間は要するものの、EUは何事もどこかで必ず妥協する。実際に、今回のコロナ禍を受けた復興基金の構想も、紆余曲折を経ているが前進の方向で一応は話が進んでいる。とはいえこの対立と妥協の力学はEU特有のご都合主義の根源をなしており、結果的にコロナ禍での中国の台頭を許すことにもつながっている。

欧州は世界で最もコロナ禍が深刻な地域の一つである。繰り返しとなるが、現在の欧州の金融市場の小康状態は、ECBによる大規模な金融緩和の効果に加えて、復興基金が稼働することへの投資家の期待に支えられている。復興基金が無事に稼働するかどうかは、日本も含めた世界の金融市場の安定を考えるうえで大きな意味を持っている。

復興基金が稼働しても、北部諸国が南欧諸国に対する財政移転を渋るような振る舞いに終始すれば、南欧諸国が中国に再接近することになると予想される。日本経済に影響を及ぼす重要なトピックとしても、またアフターコロナの中国と世界との関係を展望するうえでも、EUでの経済復興支援の動きには引き続き注視したいところである。

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