人間が作った「壁」を取り払いたい
そもそも「純血種」も「雑種」も、どちらも同じ「猫」である。
「壁を作っているのは人間です。純血種を残そうとしているブリーダーは、その種にほれ込んでいて猫そのものが好き。雑種も大好きです。ただ、つらい現場をたくさん見てきた保護猫活動の人たちの中には、どうしても純血種に関わる人たちと距離を置こうとする。目指すところは同じ『猫を守る』ことのはずなのに、一方的に壁を作ってしまうのです。大切なのは、目の前にいる猫に幸せになってもらう。それ以外ないはずです」
その思いが、由美子さんに猫カフェ開業を決意させた。
「人間が作った壁を取り払いたいです。お互いに歩み寄って、少しでも多くの猫たちを救いたい。『どんな猫を家族として迎えるか』の選択権は、あくまでも飼い主側にあります。種にこだわらず、少しでも猫に触れてもらって、猫のことを知ってもらって、飼い主としての知識を増やしてもらう。そういう場にしたくて、この猫カフェ(猫の屋おでん)を作りました」
そのため、猫の屋おでんには、ブリーダーから迎えた「純血種」もいれば、保護団体から来た「雑種」や「純血種」の保護猫もいる。保護団体が日本の「猫カフェ」に保護猫を送り出すことは非常に珍しいが、これも「猫と人とが幸せに暮らすためのコミュニティーづくり」という、猫の屋おでんのコンセプトに共感しているからだ。そもそも由美子さんにとっては、「猫カフェ」も「保護猫カフェ」も区別はない。猫は猫なのだ。
「保護猫のこと自体を知らない人も、まだたくさんいます。『猫はペットショップでしか手に入らない』と思っている人さえいます。それに対して、保護活動をしていると、自分たちの活動が当たり前になっていて、『知らない人がいる』という感覚がだんだん薄れていき、視野がどんどん内向きになってしまう。私は、純血種や雑種にこだわることなく、『猫と暮らす幸せ』を広く届けたいのです」
猫の屋おでんには、「スフィンクス」や「エキゾチックショートヘア」といった珍しい純血種もいる。その希少性で少しでも多くの客に興味を持ってもらい、猫と人とのタッチポイントを増やして間口を広げる。客との会話の中で、猫との暮らしに関心を寄せている人には、他の保護猫カフェを案内したり、店内にいる保護猫を譲渡したりすることもあるそうだ。
コロナ禍でも、「猫の幸せ」のために
神戸市は、全国的にみても猫カフェを開業する条件が厳しい。たとえば東京都だと、猫がいる空間での飲食が許可されており、フードメニューで売り上げをあげやすい。それに対して神戸市では、猫がいる空間ではペットボトルの飲料しか認められず、それも2018年にやっと許可された。猫にとっては快適な環境だが、「猫カフェ」も「保護猫カフェ」も、どこも家賃とフード代と医療費で経営はギリギリの状態だという。
加えて現在は、新型コロナウイルスの影響で、多くの猫カフェは営業自粛を余儀なくされており、人が集まる譲渡会も休止が続いている。
「猫の屋おでん」も、営業を自粛して40日以上がたつ。営業していなくても、毎日の清掃や猫たちのケアは欠かせない。フードは1カ月で約15キロを消費する。そして、人と触れ合うことが大好きな猫たちも、突然の休業にストレスを感じて食欲が落ち、通院することもしばしばだという。
また、「保護猫の相談」も待ったなしだ。猫の屋おでんでは、営業自粛期間中に、保護猫3匹の受け入れと、4匹の譲渡を成立させた。電話でのヒアリングを重ね、神戸市の保護団体と連携して、保護猫と飼い主とのお見合いを進めている。
「いま、猫を家族に迎えたい、興味があるという人は、お近くの保護団体や保護猫カフェにアクセスしてほしいです。『密』にならない状態での譲渡の相談は受けているところもあります。うちでも、何らかの相談にのれると思います」
先が見えにくい状況に、落ち込む日もあるという由美子さん。
「状況はとても厳しいですが、お客さまからの応援の声に励まされています。再開時には安心してご来店いただけるよう、しっかり準備をしていきます。とにかく明るく、猫たちと前を向いていきたいです」
6月から、予約優先での営業再開を目指すという「猫の屋おでん」。由美子さんの優しいまなざしは、どんなときも「猫」に注がれている。