創刊25年を経て、ついに休刊へ

「出版不況」という言葉が喧伝されるようになって、かなりの時間が経過した──。そして、その波はゲイ雑誌の世界にも例外なく確実に直撃する。

1996年に『アドン』が休刊に追い込まれ、2002年には『さぶ』が、2004年には最古参の『薔薇族』が倒れた。HIROが出版界に足を踏み入れてからも、2016年にはエピソード1で紹介した長谷川博史が創刊に尽力した『G‐men』が姿を消した。

ライバル雑誌が次々と討ち死にしていくなかで、HIROは奮闘を続けた。自分の信じる「面白いこと」「カッコいいこと」を大切にしながら、『バディ』をつくり続けた。

しかし2018年12月、ついに終焉のときが訪れる──。

このとき、『バディ』の休刊が決まった。1月号では「創刊25周年特別記念号」として大々的に四半世紀の足跡を振り返りつつ、「今日は僕の記念すべき新しい出発点。」と勇ましいフレーズが誌面に躍っていたにもかかわらず、翌2019年1月21日発売の3月号での休刊が正式にアナウンスされたのだ。

HIV感染者として雑誌立ち上げにかかわった長谷川博史。LGBT関連の書籍や雑誌をきちんと整理し、ゲイカルチャーを体系的にとらえ続ける「オカマルト」の小倉東。

あるいは、編集者としてこの雑誌の編集に携わっていたマツコ・デラックスやブルボンヌ。そして、奮闘の末に最後の編集長となったHIRO。

『バディ』には多士済々な才人たちが集っていた。それを称して、リリー・フランキーは「ゲイのトキワ荘」と表現したという。

政界、ミュージシャン、芸能界の面々も登場

それまでは決して表舞台に登場することなく、当事者たちが隠れて読むものだったゲイ雑誌のイメージを大きく変えることにも多大な貢献を果たした。創刊以来、ジャンルを問わぬ有名人たちを続々と誌面に登場させたのもこの雑誌だった。

政界からは福島みずほ、尾辻かな子、石坂わたる、上川あや、石川大我などが登場。ミュージシャンではクリスタル・ケイ、DOUBLE、中西圭三、岩崎良美、米倉利紀、一青窈らが誌面を彩った。芸人では藤井隆、レイザーラモンHGら、文化人では山田詠美、戸川昌子、湯川れい子ら、海外からはザック・エフロン、ジョン・キャメロン・ミッチェル、セス・グリーンらも誌面を飾った。

いままでにない開かれたゲイ雑誌──。それが、『バディ』が目指し、実現してきた道のりだった。