「ニセ医者騒動の佐藤芹香と同一人物」という噂が医師の中で広がった

筆者も2006年のインタビュー記事を記憶していた。佐藤氏は当時、アメリカ留学から帰国したばかりの頃で、医師留学経験者のウェブ掲示板で話題になっていたからだ。

コーネル大学医学部や附属病院はニューヨーク市にあるが、その頃ニューヨーク市に留学していた日本人医師たちは誰も彼女を知らなかった。そもそもアメリカで医師になるには、4年制大学を卒業した後、4年制の医科大学院に進学しなければならず、大学入学から最低8年間が必要となる。

ウリス図書館とコーネル大学のマックグロータワー
写真=iStock.com/Jun Zhang
コーネル大学のキャンパス

また、心臓外科専門医になるには、医大卒業後に「5年間の一般外科研修+2~3年間心臓外科研修」が必要となる。そう考えると佐藤氏の年齢と合致しないことになる。

さらに、「政治学部と医学部のジョイントプログラム」と言っても、コーネル大学政治学部のあるメインキャンパスはニューヨーク州イサカ市にあり、ニューヨーク市からは車で4~5時間かかる。同時に履修することは物理的に不可能である。

というわけで、当時、この記事を読んだ医師たちは異口同音に「あり得ない、ニセ医者のにおいがプンプン」ともっぱらだった。

その後、「米国心臓外科医の佐藤芹香」を見かけることはなくなったが、2017年の楽天が出資した頃から佐藤代表は「ジェネシスヘルスケア社の佐藤バラン伊里」として、また「遺伝子ビジネスに成功した女性社長」として再びメディアに登場するようになった。

今回は「コーネル大卒の心臓外科医」という経歴を名乗ってはいなかったが、顔写真や「遺伝子」「佐藤」「コーネル大」といったキーワードから「ニセ医者騒動の佐藤芹香と同一人物ではないか」という噂が医療関係者では広まり、数年前からSNSなどで指摘されていた。

「日本語が母国語でない事から、事実確認が不十分だった」

週刊文春の取材に対し、ジェネシスヘルスケア社が「(佐藤氏は)日本語が母国語でない事から、事実確認が不十分だった」と説明していたが、記事が出た4月28日付で佐藤氏は代表取締役を辞任。同社は4月30日に「代表取締役の異動に関するお知らせ」というプレスリリースを出して、こう説明した。

ジェネシスヘルスケア株式会社(本社:東京都渋谷区)は、2020年4月28日、取締役会を開催し、佐藤 バラン 伊里代表取締役から同日付けで、取締役辞任の申し出を受理しましたので、お知らせいたします。
佐藤は次のように述べています。「この度、世間の皆さまに、PCR検査キットの販売をめぐる混乱を招きましたことをまずはお詫び申し上げます。28日付で辞任を申し出、取締役会にて受理されました。今後、新たな経営体制の下で、当社のPCR検査キットが、早期に一人でも多くの感染者を検出することに効率的な方法で使用されることにより、または診療及び予防医療の有力な補助手段となり、医療崩壊も危惧されている診療現場の軽減負担につながることを切実に願っております。今後、速やかに引き継ぎを実施してまいります。」
なお、今回の人事は、一部報道の内容と関係なく、また、新型コロナウィルス感染症向けの当社のPCR検査キットの性能及びその検査信頼性とも関係はございません。佐藤は、当社創業から16年の間に遺伝子領域を含め多くの特許を取得もしくは申請を主導しており、遺伝子領域において寄与してまいりました。

4月30日、楽天の三木谷社長はジェネシスヘルスケア社の社外取締役を辞任。楽天も「PCRキット販売代理を一時見合わせる」と発表した。

新型コロナウイルスの終息に一役買いたかった三木谷社長としては、内輪の「裏切り」ともいえる行為にはらわたが煮えくり返っているに違いないが、楽天のように信用度の高い企業が佐藤氏の素性を調べていなかったことは大失態だろう。