「黒いゴミ袋」をかぶって患者に対応
3月21日。この日はオフだった彼女に病院から知らせが届いた。
「脳外科ICUがCOVID‐19(新型コロナウイルス)患者のICUになります」
ついに来たか。ちょうどニューヨークでは感染者が激増を始め、全面外出禁止が始まった時期だ。そうなる可能性があるとは思っていたが、「私も感染するのかな」と不安な気持ちが頭をもたげたという。
そして出勤した彼女を待っていたのは、思いもよらない現実だった。
緊急救命室(ER)からICUへ次々に重症患者が運び込まれる。ほとんどの重症患者は喉に挿管され人工呼吸器に繋がれている。患者のモニターからはひっきりなしにアラームが鳴る。容態が急変し心肺停止に陥った患者にCPR(心肺蘇生)を施す、それでも亡くなってしまう患者もいる。
「ここは戦地です。水を飲む時間もない」。それがメッセンジャーで彼女から届いた最初のメッセージだった。
そして目を疑ったのは次の1行だ。
「ここにはマスクもガウンもない!」
感染症患者のいるICUだから患者の部屋を出入りするたびに、本来ならマスクもガウンも取り換えなければならない。どちらも看護師や他の患者を感染から守るために不可欠の用具であるにもかかわらず全く足りない。それからは朝出勤するたびに、院内をマスクやガウン、顔につけるシールドなどを探し回る日々が始まったという。
そして数日後、彼女から送られてきた写真に筆者は驚いた。
3人の看護師たちがユニフォームの上に黒いものをまとっている。よく見ると大きなゴミ袋だった。ゴミ袋でもないよりはマシ、世界で最も豊かな都市ニューヨークの大病院がそこまでの状況に追い込まれていたのだ。
同僚が倒れ、1週間後に亡くなった
そして彼女が恐れていたことがついに起きてしまった。院内感染である。
彼女はある同僚男性から、初めてのコロナ患者を受けもつにあたっての指導を受けていた。ガウンやマスクの装着方法、手洗いなどの注意点を教えてくれたという。
「自分なりに冷静を保っていたのですが、看護師人生で初めてのこと。私なりに緊張していたのでしょう、それに彼は気づいて『俺がついている!』と、最高の笑顔を見せてくれて、『落ち着いたら飲みに行こう』と約束してくれました。彼のおかげで、心は落ち着き“よし!”と気合いを入れました」
彼女の最初のコロナ患者は、彼が自らERから運搬してきてくれた。ところが彼はそれから3日後に倒れ、1週間後に亡くなってしまったのだ。明らかに患者からの感染だった。