内科、耳鼻科、婦人科、心療内科、精神科など十数カ所の病院に通った

母親は一通り話し終えると、室内はしーんと静まりました。しばらくした後、筆者はこう告げました。

「いろいろとおつらいこともあったんですね。ですが、今は前に進まなければなりません。もう少しお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

母親は、どうぞ、と言ってうなずきました。

「障害年金の請求に必要な書類はいくつかあります。その中のひとつに『病歴・就労状況等申立書』というものがあります。その書類には、ご長女が体調を崩してしまった時から現在までの状況を記入していきます。先ほどお話をしていただいた内容を簡潔にまとめていく、というイメージで大丈夫です。なお、通院や入院していた場合は、それぞれの病院名とその期間、当時の治療や日常生活の状況などをできるだけ詳しく記入していく必要があります。先ほど『いろいろな病院に通った』とおっしゃいましたが、思い出せる範囲で構いませんので教えていただけますか?」

薬と領収書
写真=iStock.com/laymul
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すると、母親は数冊のお薬手帳を筆者に差し出しました。

「全部は思い出せないのですが、少なくともこのお薬手帳にある病院には通っていました」

お薬手帳の中身を見てみると、内科、耳鼻科、婦人科、心療内科、精神科など十数カ所の病院に通っていたことが分かりました。

精神疾患を持っている方の場合、病院をどんどん変えてしまうのは珍しいケースではありません。ちょっとしたきっかけで医師が信頼できなくなってしまった、良い病院だったけど遠くて通うのが大変になってしまった、などの理由で病院を変えるのはよくある話です。

音のしたほうを向くと、パジャマを着た長女の姿があった

お薬手帳を閉じた後、筆者は母親に説明をしました。

「障害年金では、最初に受診した病院で『受診状況等証明書』という証明書を書いてもらう必要があります。初診が中学生の頃となると、今から15年以上も前のお話です。当時のカルテは病院に残っていないと思われるので、証明書を書いてもらうことは難しいかもしれません」

「じゃあ、もう駄目なのでしょうか?」

「いいえ。まだ方法はあります。初診日が20歳前であることが証明できれば何とか請求までこぎつけることができます。具体的には20歳前に通っていたと思われる病院に片っ端から問い合わせて、証明書を書いてもらえないか確認を取っていくのです。仮にどの病院でも書いてもらえなかったとしても、20歳前に病院に通っていたことがわかるお薬手帳があるので何とかなるでしょう。さらに、病歴・就労状況等申立書にできるだけ詳しく当時の状況を記入していけば、可能性はゼロではありません」

「病院はたくさんありますが、大丈夫でしょうか?」

「ご心配なく。それは私が何とかします。あとはご長女の意思が確認できれば、私のほうで病院に問い合わせることもできるのですが……」

筆者がそう言うと、ふいにリビングの扉の開く音がしました。音のしたほうを向くと、そこにはパジャマを着た長女の姿がありました。顔は青白く、無表情。そこには感情というものが全く感じられません。筆者は状況が理解できず、しばらく固まってしまいました。

すると、長女はふらふらとした足取りでゆっくりと歩きだしました。体を動かすのも大変な様子で、今にも倒れてしまいそうです。母親はすぐさま立ち上がり、長女のもとへ向かいました。長女と母親は寄り添うようにしてゆっくりとテーブルまで歩を進め、それぞれの椅子に腰かけました。