強い影響を受けたのはニール・サイモンやレイ・クーニーといった欧米の劇作家だが、テレビ草創期の人気脚本家、花登筐にも一目置いている。「花登さんの『どてらい男やつ』が大好きで、中学生のとき、欠かさず観ていました」と話す。

花登といえば『細うで繁盛記』などの根性一代記が代表作。三谷作品との接点は薄いように感じるが、花登には彼を唸らせるコメディー・センスがあるという。

「花登さんの『じゅんさいはん』というお芝居は計算されたすれ違いのおもしろさがレイ・クーニーっぽいんですよ。しかも最後はニール・サイモン風になる。こんなに考え抜かれたコメディーが日本にあったと知ってショックを受けました」『じゅんさいはん』は夫婦愛を描く喜劇だが、奇しくも三谷の舞台最新作『グッドナイト スリイプタイト』も夫婦を描いたもの。中井貴一と戸田恵子の二人芝居で、ある夫婦の30年の物語を見せる。

作品に実体験が投影されるのが気恥ずかしいと、あえて恋愛モノは避けてきた三谷だが、「一度きちんと取り組みたい」との思いはあったという。モチーフの蓄積があったせいか、いったん書き始めると筆が進み、遅筆で知られる彼が、稽古が始まる前に台本を完成させたというのも興味深い。

「今回は13年間の結婚生活でわかったことを詰め込みました。僕が思ったこと、言われたことがかなり入っています。男性には共感してもらえるんじゃないかな(笑)。男性は女性が思うほど鈍感じゃなくて、我慢しているだけだとか……。戸田さんの役は、うちの奥さんとは真逆にしたんだけど、それでも彼女が観たら『なんでうちの話を!』と怒るでしょうね。だけど、台本を読んだ人はみんな『うちの話みたいだ』と言うんです。『そういうふうに感じるのはあなただけじゃないよ』と妻に言わなきゃいけないですね」

今後、力を入れたいジャンルを問うと、ちょっと意外な答えが返ってきた。「1位がテレビドラマ、2位が映画、3位が演劇。自分がいちばん影響を受けたものに恩返ししたいんです」。

近年は海外市場への関心も。外国の人が自分の映画や演劇を見て笑ってくれる姿を見て、「日本人が作ったコメディー」に自信が持てたからだ。「最近アメリカのコメディーがぜんぜんおもしろくないんです。どうしてこんなことになっちゃったのか。彼らがとっくの昔に忘れてしまったコメディーのたのしさを、今度は僕が教えてあげられたらいいですね」

(野口 博=撮影)