「裏方」である脚本家の肩書を持つ人間としては過剰だと一部で批判されるほどメディアに登場する一方で「偉大なる石の顔」と称された喜劇俳優バスター・キートンばりに神経質なほど笑顔の露出だけは避けようとする喜劇作家の「逆説」は観客の「共感」には依存しないという作り手の矜持か、「鈍感」を装うための仮面か、それとも冷徹な計算か……今、日本で最も上質な笑いを提供する喜劇作家の現在に迫った。
この人がいなければ、日本のテレビドラマや演劇は随分つまらないものになっていただろう。三谷幸喜ほど、ありふれた日常の機微をユーモアたっぷりに、そしてハートウオーミングに描ける脚本家はいない。大ヒットした『THE有頂天ホテル』『ザ・マジックアワー』など映画監督としての活躍も目覚ましい。
得意とするのはウイットに富んだコメディーだ。喜劇にこだわるのは理由がある。「自分が落ち込んだとき、何を観て気を紛らわすかといったら、やはりコメディーなんですよ。『グレートレース』やビリー・ワイルダーの映画を観て元気になる。くだらないと思いつつ『Mr.ビーン』を観たりね。そういう意味で、喜劇には意義があると思います」。
とはいえ、上質のコメディーを生み出すのはたやすいことではない。よく言われるように「観客を泣かせるより、笑わせるほうが難しい」からだ。悲しんで泣いている人を描けば観客はもらい泣きをするが、「それでは感動の度合いが浅い」と三谷は言う。
「僕の理想は、登場人物がごく普通の生活をしていて、誰も泣いていないけれど、観ている人が胸に迫るものを感じるというもの。笑わせる場合も、演じる側がおもしろがるのを観せるのではない。物語自体は悲しいのに観客として観るとおかしくてしょうがない――そんな作品が最も気高い笑いだと思います」
控えめでていねいな口調。デリケートで内気という評判通り、伏し目がちに言葉を選ぶ。
演出家には珍しく、ネクタイ姿で撮影所や稽古場に通う。この日のネクタイはムーミン柄。奥様(女優の小林聡美)のフィンランドみやげだという。初監督映画『ラヂオの時間』(97年)を撮ったとき、映画界への敬意を込めてスーツを着て以来、このスタイルで通している。「今はもうほかの服を持っていなくて。家に帰ると、ジャケットを脱いでネクタイを外し、パジャマのズボンにはき替えるだけ。そう、上はワイシャツのままですよ。だから誰にも会いません(笑)」。まさに日常がコメディーのよう。その姿を想像するだけで、何やら愉快になってくる。