医療への不信を根付かせた「MMRワクチン問題」

──そこまで強くワクチンを拒否してしまう理由は何でしょうか。

【堀向】ワクチンが怖いという気持ちの背後には医療への不信があると思います。たとえば日本の場合は1993年に接種が中止されたMMRワクチン(麻しん、おたふく風邪、風しんの3種混合ワクチン)問題の影響が尾を引いています。

MMRワクチンは1989年4月1日、国産の3種混合ワクチンとして導入されました。ところが、接種が始まった1989年から1993年にかけてワクチンを接種した子どもたちのおよそ800人に1人に無菌性髄膜炎が発生し、重い後遺症や死者が出るなど大きな社会問題になりました。これが大打撃となってワクチンに対する不信が広がり、厚生省(現・厚生労働省)はワクチンの導入に対して消極的になってしまったのだと思っています。

私たち現場の医者は感染症の怖さが身にしみているので、ワクチンに対する不信感を少しでも払えるように親御さんと向き合っていますが、一方で不信感を悪用する医療者もいるんですよ。MMRワクチンと自閉症を結びつけたウェイクフィールド事件をご存じですか。

「ワクチンで自閉症になる」説は嘘の論文が原因

──どんな事件ですか?

【堀向】1998年2月、当時イギリスに在住していたAJ.ウェイクフィールド医師以下13名の研究者が、自閉症と腸の炎症を患う12人の子どもを調べたところ、8人がMMRワクチンを接種した直後に腸炎を起こし、それが原因で自閉症を発症したという報告をしました (※文献1)。世界的に権威がある医学誌の「ランセット」に掲載されたため、あっという間に大騒ぎになりました。

※文献1:「Ileal-lymphoid-nodular hyperplasia, non-specific colitis, and pervasive developmental disorder in children

※2010年に論文は撤回、著者筆頭のAJ.ウェイクフィールドは医師免許をはく奪されています。

ところが後で子どもたちのカルテを詳しく調べると、腸に炎症を起こした子どもと自閉症の子どもは全く関係がなく、彼らが主張したような子どもは一人もいなかったのです。結局この論文は「ねつ造」されたデタラメでしかありませんでした(※文献2)。

※文献2:「How the case against the MMR vaccine was fixed

※英国の権威ある医学誌「BMJ」に掲載されたウェイクフィールド事件の全容報告です。データのねつ造が丁寧に検証されているほか、ある団体からウェイクフィールド氏への利益供与が指摘されています。

最終的には2010年にランセットが論文を撤回、ウェイクフィールドは医師免許を取り上げられてアメリカに移住しました。最近の大規模な研究でも、MMRワクチンと自閉症との関係は完全に否定されています(※文献3)。ただ残念なのは、いまだに彼の捏造論文の影が残っていることですよね。その結果、かからなくてもいい感染症の後遺症に苦しむお子さんが出てきてしまう。本当につらいことです。

※文献3:Jain A, et al. Autism occurrence by MMR vaccine status among US children with older siblings with and without autism. Jama 2015; 313(15): 1534-40.