「接種しよう」という気持ちがうせてしまう理由

──そこまで激しい拒否ではありませんが、「ワクチンを打って何か良いことがある?」とは思ってしまいます。

【堀向】そうですよね。人間って、ある行動の直後に良いことがあると、その前の行動が強化されて何回もくり返したくなるんです。逆に悪いことが起こると、その前の行為を続ける気持ちがマイナスの方向に強化されてしまいます。ワクチンはすぐ目に見える効果はないのに、注射は痛いし、赤くなったり痒くなったり直後は嫌なことばかりです。それに副反応の心配まで重なると「接種しよう」という気持ちがうせてしまいますよね。これはワクチンが構造的に持っている問題といえるかもしれません。

副反応はワクチンを接種することで生じる免疫反応にともなって起こります。軽いものでは、発熱や注射した場所の腫れなどです。重い場合はけいれん発作や脳炎などが生じることもあります。ただ、その頻度はとても稀です。厚生労働省が公開している「予防接種後副反応報告書集計報告」によると、平成19年度の麻しん、風しん混合ワクチン(MRワクチン)の副反応例は、29例でした。接種した人は193万7568人ですから、およそ0.0015%です。

一方、自然感染で麻しんや風しん、おたふく風邪にかかった場合、麻しん脳炎は1000人に1人、風しん脳炎は4000人~6000人に1人、おたふく風邪脳炎は1000人におよそ2人~2.5人の割合で生じるとされています。おたふく風邪の場合、無菌性髄膜炎も怖いのですが、これは100人のうち4人~5人が発症する可能性があるのです(※文献4)。

※文献4:岡部信彦、多屋馨子著「予防接種に関するQ&A集 2019」一般社団法人日本ワクチン産業協会編,p.28 Q15

命がけで「自然に感染」する必要があるのか

【堀向】実際に2013年から定期接種できるようになったHib(ヒブ:インフルエンザ菌b型)ワクチンを例にすると、ワクチンが承認される前、日本では10万人あたり3.3人の子どもがヒブ感染から細菌性髄膜炎を発症していました。この子ども達のおよそ5%はどんなにがんばっても救うことができません。運良く助けられたとしても、およそ25%に難聴や知的障害が残ります。でもヒブワクチンが打てるようになったことで、ヒブ髄膜炎の数は98%も激減しました。2014年、2015年は一人も報告されていないのです(※文献5)。

※文献5:厚生労働科学研究費補助金 Hib、肺炎球菌、HPV及びロタウイルスワクチンの各ワクチンの有効性、安全性並びにその投与方法に関する基礎的・臨床的研究 平成26年度 総括・分担研究報告書 庵原俊昭「小児細菌性髄膜炎および侵襲性感染症調査」に関する研究(全国調査結果)菅秀ほか

また、2018年にタイに渡航歴がある台湾からの観光客に端を発する沖縄県での麻しん流行から、愛知県や福岡県に飛び火した麻しんの「アウトブレイク」(一定期間、限られた場所で予想外の感染症が集団発生すること)は記憶に新しいところです。沖縄県では当時、麻しんワクチンの2回目の接種率が9割を切っていたため(※文献6)、集団免疫──つまり、免疫がない人に対しても間接的に予防効果を期待できる接種率の95%を大きく下回っていたわけです(※文献7)。この二つのケースからしても、ワクチン接種の効果がわかると思います。

※文献6:麻しん風しん予防接種の実施状況(2020/3/4アクセス)

※文献7:van Boven M, et al. Estimation of measles vaccine efficacy and critical vaccination coverage in a highly vaccinated population. J R Soc Interface 2010; 7:1537-44.

またよく「自然に感染したほうが、免疫がつく」という方もいますが、ワクチンよりはるかに毒性が強い“ラスボス級”のウイルスや細菌に命がけで感染させる必要があるのかな、とは思います。免疫ができたとしても大きな後遺症をもたらす可能性があるのですから。そこは科学的根拠(エビデンス)と数字を示して、工夫をしながら説明をくり返していくしかないでしょうね。