「1年で平均1ミリ」ゆっくり成長して長生き

ではこのビノスガイ、なぜこんなに長寿なのでしょうか。

ビノスガイ
撮影=清家弘治
ビノスガイ

ビノスガイは他の二枚貝類と同じく、海水中に懸濁しているエサを濾しとって食べる濾過食者です。そして先ほど述べたように、船越湾の水には濾過食者のエサが少なく、濾過食者にとって過酷な環境です。実際、ビノスガイの生息密度はとても低く、稀にしか採集することはできませんし、90年以上も生きているにもかかわらず、その大きさは10センチメートル程度しかありませんでした。

大雑把な計算ですが、体サイズを年齢で割ると、平均して1年で1ミリメートル程度しか成長していないことになります。また年輪幅を詳しく分析すると、大きく成長した個体では1年に50マイクロメートル(およそ髪の毛1本の太さ)しか成長していないことがわかりました。

清家弘治『海底の支配者 底生生物』(中公新書ラクレ)
清家弘治『海底の支配者 底生生物』(中公新書ラクレ)

しかし、このように、ゆっくりとしか成長できないことが、むしろ長寿の原因となっているのかもしれない、と私は考えています。また、水深20メートル程度の深場という津波の攪乱を逃れやすい場所に生息してきたことも、長寿の要因の一つだったのかもしれません。

ともあれ、津波が海底生態系に与える影響を調べるため、一つの湾を対象に腰を据え、底生生物を研究した結果、ビノスガイのようにまったく予想もしていなかった新しい知見が得られることもあるのです。

研究を進めるほど、震災が海底に遺した爪痕の深さを思い知らされると同時に、私自身、とても驚かされた経験でした。

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