木の年輪と同じような模様が刻まれる二枚貝

これらの変化は大津波によって起こったもので、東日本大震災をきっかけに、多くの生物が船越湾から消滅、あるいは激減したことを示しています。

しかし、サナダユムシのように震災直後にも生息が確認された生物もいるわけで、震災直後に姿を消していたように感じても、われわれが、たまたま調査した際に見つけられなかっただけかもしれません。でも震災直後に採集記録がなければ、当然ですが「震災を生き抜いていた」とは断言できません。

一方で、貝のような殻を持つ生物であれば、その殻を調べることで過去の状況を知ることができます。特に二枚貝の仲間であれば、殻に木の年輪と同じような模様が1年に一つ、成長の痕跡として刻まれるため、それで何年生きていたかを知ることができます。つまり、震災後に採集された二枚貝の殻を調べれば、その個体が震災を生き延びていたかどうかがわかるのです。

「生きる歴史書」92歳のビノスガイが見つかった

船越湾ではかなり稀にしか採集されませんが、ビノスガイ、という二枚貝がいます。船越湾だと水深20メートル程度の深場に生息しており、殻の大きさが約10センチメートル程度になる比較的大型の二枚貝です。

2013年の調査で、生きた状態のビノスガイが採集されました。震災直後に生まれたのであれば2歳ということになりますが、震災前から生きていて、大津波の攪乱を乗り切ったのであればそれ以上の年齢に達していることになります。このどちらかを判定するためには、先述した殻の年輪解析が役に立ちます。

そこで、私の共同研究者である白井厚太朗さん(東京大学大気海洋研究所・准教授)と窪田薫さん(海洋研究開発機構高知コア研究所・日本学術振興会特別研究員PD)が、このビノスガイの個体の年輪を解析し、年齢を調べました。

すると驚くべきことにある個体は、なんと92歳であることがわかりました。震災を乗り切ったどころか、私よりずっと年上の、かなりの長寿個体だったのです。採集された他のビノスガイの年輪も解析してみると、やはり長寿のものが多いことがわかりました。

こうした長寿のビノスガイについては、その殻の年輪を調べ、化学分析をすることで、過去の環境変動を知ることもできます。年輪はその殻が形成された年を、年輪の幅はその年のビノスガイの成長量を、殻の化学組成はその年の環境状態を記録しているからです。ビノスガイは船越湾の環境変動を語る「生きる歴史書」とも言えるでしょう。