たまたま震災前に岩手県の海底を調査していた

一方で私は、たまたま東日本大震災の約半年前となる2010年9月に、岩手県の大槌湾と船越湾で、底生生物を対象としたフィールド調査を行っていました。調査対象としたのは水深2~25メートルにかけての範囲です。

ただ「調査をした」とはいえ予備調査といった方がふさわしく、この二つの湾にどのような底生生物がいるかを確認するためのものでした。つまり、ある調査地点に生物種Aがいるのか、いないのか、という点だけを記録するといった簡単な内容です。そして、もしこの二つの湾に自分の研究対象となりそうな底生生物がいたら、2011年度以降に本格的な研究を開始しようと考えていました。

しかしこの予備調査の半年後の2011年3月、大震災が起こります。ニュースでは三陸沿岸が津波によって大きな被害を受けたことが連日報道されました。当然のことながら、私が調査した大槌湾と船越湾の海底生態系も、大津波によって、決して小さくはない影響を受けたと思われました。つまり、大槌湾と船越湾で半年前に私が偶然にも実施した調査の結果は、震災の影響を受ける前の状況を示す、貴重なデータとなります。

海底の光景は、様変わりしていた

研究者である私は、震災後にも同様の調査を実施できれば、津波がもたらすインパクトを明らかにできると思いました。そしてむしろ「偶然とはいえ、震災半年前のデータを持っているのだから、その後の海底との比較調査を私は絶対にしなくてはならない」と責務を強く感じました。さらに言えば、潮下帯の海底生態系が自然災害によりどのような影響を受けるのかという点については、世界的に見ても知見が不足しているようでした。

そのような背景もあり、震災から半年後の2011年9月、私はあらためて大槌湾と船越湾での潜水調査を実施することにしたのです。

そこで得られた調査内容については、新刊『海底の支配者 底生生物』に詳しく記しましたが、結論からいえば、震災前後では全く異なった光景が海底に広がっていました。

海中で森のように茂っていたタチアマモ群落は消滅し、浅場の海底に大量に生息していたウニの仲間、ハスノハカシパンも姿を消し、さらには“海底のモンブラン”と呼ばれるタマシキゴカイの糞塊も見当たりません。また、深場の海底をいくら掘ってみても、私が“最強の生き物”と呼ぶオカメブンブクを見つけることはできませんでした。

震災前の船越湾で撮影したハスノハカシパン。これが震災後にはすべて姿を消していた。2010年9月。
撮影=清家弘治
震災前の船越湾で撮影したハスノハカシパン。これが震災後にはすべて姿を消していた。2010年9月。