それなら働けばいいと考えて、政権は年金受給開始額を65歳から70歳、75歳へと繰り下げる提案をしている。しかし現実の高齢者の就労状態はどうなっているのか。65歳から69歳の就業率は47%。この数字には、自営業者や町工場など、もともと定年と関係のない人たちも含まれています。

65歳までの定年延長の企業は全体の16%にすぎません。とするなら、健康寿命を延ばす施策を取り入れながら、70歳、あるいは80歳まで仕事ができる労働市場を整えていく必要がある。

精神病床数「ダントツ世界一」の日本

——高齢の親と引きこもりの子どもが同居し、生活に行き詰まる現象である「8050問題」が注目を集めています。猪瀬さんは本の中で解決策を提案していますね。

昨年3月、内閣府が40歳から60歳の引きこもりが全国で61万人と発表して話題になりました。そのうち、精神的な病気で、通院・入院経験がある人は33%にのぼる。関係機関に相談した経験がある人が44%です。日本の精神医療システムがうまく機能していればこうした事態は避けられていたかもしれない。

欧米と日本の精神病床数の推移を比べると日本の精神医療の問題点がはっきりと分かります。まず主要な欧米諸国の精神病床数は右肩下がりです。反面、日本は1960年代から極端な右肩上がりになっている。人口1000人あたりの精神病床数はダントツで世界1です。

人口1000人当たり精神病床数の推移(国際比較)

日本の国民医療費43兆円のなかで、最大を占める医科診療費の31兆円のうち1兆4000億円が精神科入院費用になっている。精神病患者1人あたり精神科入院費は年間552万円にのぼります。実は、精神病院からグループホームに移行すると、1人あたりにかかる費用は年間275万円、1年間で、約半額の7000億円で済むんです。

ヨーロッパでは、施設に隔離するのではなく、地域社会のなかに居場所と働ける場を用意する政策が主流です。支援される側から、自立して納税する側への移行を目指すという考え方ですね。

いまだに描けていない出口戦略

(撮影=プレジデントオンライン編集部)

——精神病床数が「ダントツで世界一」の背景には、日本固有の問題があるのでしょうか。

精神科病院側は自嘲的に「薄利多売」と評していますね。通常の一般医療なら月額入院費100万円。ところが精神科では月額45万円と保険点数が低い。ベッド数を多くして稼ぐモデルになっているんです。

突き詰めれば、日本にとって近代とは何か、なんですよ。ヨーロッパの近代は、アルコール中毒患者や精神障害者を施設に収容する隔離政策を行った。極端な例が、ナチスドイツのユダヤ人の強制収容施設です。ヒトラーの狂った命令だったとはいえ、巨大な施設を準備し、手足となったのは、ヨーロッパ近代の思想と技術、官僚です。