“握り”を見分けるメジャーリーガー

脳とは人間の躯の中で最も解明されていない器官の一つでもある。

神経科学者の藤田一郎は、霊長類の脳の中には30数カ所の視覚を司る場所があると前置きした上で、〈「見る」ことを1つとっても、脳のどこか1カ所が働いているわけではなく、たくさんの場所で順番の処理しながら、しかも複数の経路が階層的かつ並列的なネットワークとして機能〉していると『脳ブームの迷信』で書いている。

そして、実際にどのように脳が機能しているかは、厳密な科学実験による検証が必要であると警鐘を鳴らしている(右脳と左脳の区分、あるいは脳は通常10パーセントしか働いていないという類は全く科学的な裏付けのない迷信である)。

ごく一部ではあるが、メジャーリーガーは投手が球を離す瞬間の“握り”で、直球なのか変化球なのか見分けることが出来るらしいと故・伊良部秀輝が教えてくれた。

ぼくは何人かのプロ野球経験者にこの話をしたが、あり得ないよと笑って否定された。つまり彼らは0.45秒より短い時間で、どんな球が来るのかの像を頭に描き、バットを振っている。打撃とは3割打てれば成功、7割は失敗である。とはいえ、勝負所でこそ力を発揮するという種類の打者もいる。集中力を増したときに、彼らは何かを何かを感じているのではないかとぼくは思うようになった。

配球を読み、感じる力

打者は打席でどんな風にして投手と向き合っているのか。好打者のSIDというものはあるのか――。

野村克也は打撃についてぼくにこう教えてくれた。

「技術力には限界がある。そこから先がプロの世界だ。バッティングは感性と頭脳。感じる力、考える力」

考える力とは配球を読むことである。では感じる力とは何か。野村に尋ねたが、うーん、説明は難しいなという答えが返ってきた。

野村の「感じる力」を少し具体的に説明してくれたのは、佐伯貴弘だった。彼は横浜ベイスターズ、中日ドラゴンズでプレーし、現役通算1597安打を記録している。

2003年シーズン、佐伯はアメリカから阪神タイガースに戻ってきた伊良部秀輝を打ち込んだことがあった。そのとき、伊良部から、自分の癖を見抜いているだろうと電話が掛かってきたという。

佐伯は尽誠学園で伊良部の一年後輩に当たる。高校時代の一学年の違いは、絶対だ。仕方なく、佐伯は癖を2つ教えた。しかし、伊良部はまだあるだろうと食い下がった。ないですよと、佐伯は否定した。