速く走りたいのか、みんなと走りたいのか

たとえばランニングシューズ。同じシューズが好きだと言っても、どこが好きなのか、どんなふうに好きなのか、どういうライフスタイルのなかで使いたいのか、そのシューズを履いてどんな自分になりたいのか。

「速く走りたい」という性能重視の人もいれば、「オシャレなデザイン」が好きで愛用しているという人もいる。同じシューズのファンであっても熱狂ポイントはそれぞれ違う。そういう人たちをごちゃまぜに同じ場に集めてしまうと、「内容が中途半端になって、結局どちらにとっても満足度はそれほど高くはならない」のだ。

イベントに招待する参加者の選定に失敗すると、当日にいくら修正をかけても取り返しがつかない。その原因はそれぞれの期待値のギャップだ。「熱狂」をつくり出すためには参加者が何を求めて参加しているのかを正確に知り、その期待を満たすコンテンツを提供することが必要だ。そのためには、期待値のベクトルを合わせなければならない。そのために高橋さんたちが使っているツールがSNS上のハッシュタグによる検索と分析だ。

「ハッシュタグをつけた投稿はそれぞれが自然発生的に行っているものなのですが、数が多くなるとグルーピングされていくので一つの商品やブランドをめぐっての多様な価値観の分布が一目でわかります」(図表参照)

ハッシュタグをつけた投稿は、数が多くなるとグルーピングされていく
資料提供=トライバルメディアハウス

先ほどのランニングシューズだと、「トレーニング」「ダイエット」「朝ラン」「夜ラン」といった言葉がハブになって、「好き」のネットワークが広がっている。多様なバリエーションがあり、それぞれのハブの間の距離も重要だ。

例えば「朝ラン」というハッシュタグから、離れた位置にあるのが「トレラン」。仲間と一緒に走ることに重きを置いている人と、山野の未舗装地を走破することが趣味という人にとって「ランニングシューズ」に求めるものはちがって当然だろう。

「誰を呼ばないか」は「誰を呼ぶか」より重要

高橋さんが所属するトライバルメディアハウスでは、この秋、ファンとブランドをつなぐコーディネートサービス「MO.ME(モム)」をローンチした。ブランド名や商品名ではなく、特定の価値観やシチュエーションへの共感を通じてファンとブランドを橋渡しする。ツールとして使っているのがSNSのハッシュタグだ。

現時点では「#つくり手も幸せになる未来を応援する」「#ひとりで過ごすとっておきの時間」「#資源を活かす暮らし」「#美味しいことが何より幸せ」の4つとなっている。

最近ではこんなイベント募集があった。

「ひとりでよなよなエールを飲むのが大好きな人と会ってみたい!」

募集人数はたったの4人。募集ページには主催企業である長野県に本社を置くクラフトビールメーカー ヤッホーブルーイングからの「なにをやるのか」「なぜやるのか」「どんな人にかかわってほしいか」がていねいに説明されていて、「こういう人に来てほしい」という強いメッセージがそこには感じられる。それは同時に、「この価値観に合わない人」を排除するための役割も担っている。

「どんな人に来てもらいたいかというのは、裏を返せばどんな人を呼びたくないかということです」と、高橋さん。

「そして、『誰を呼ばないか』は、『誰を呼ぶか』よりも、むしろ重要です」