「世界に通用する人間」を育てる新学習指導要領

撮影=後藤 利江
意見を言える人になるためには、知識が必要だという

続いて、名門指導会代表の西村則康さんに話を聞いた。

——西村則康さんは、文科省が2020年から高校で近現代史を学ぶ「歴史総合」を必修科目にした一番の目的は何だと思われますか?

【西村則康(以下、西村)】文科省が今回、次期学習指導要領を改訂した背景には、世界に通用する人間を育てたいという明確な目的があります。世界に通用する人間というのは、英語ができるだけではなく、日本と海外の政治、文化、民族、宗教はもちろん、価値観や考え方といったさまざまな面での違いをふまえて、どこの国の人とも対等に議論できる人間のことです。

——そういう人間になるためには、日本のことだけでなく世界のことも知り、理解する必要がありますね。

【西村】そうです。たとえば、話す相手がアメリカ人や中国人だったら、主義主張をはっきり言わないと会話になりません。しかし、相手の国についての知識がなければ、何を話せばいいかわかりませんよね。自分の意見をはっきり言う国の人たちを相手に、忖度そんたくを気にして空気を読んでばかりいても勝てませんから。

アクティブ・ラーニングがうまくいかない原因

——日本の学校は、戦後から画一的な詰め込みスタイルを続けてきて、「みずから考えさせる」ような教育を行ってきませんでした。それなのに、急に「自分で考えて意見を述べなさい」と言われても、教えるほうも教えられるほうも戸惑うと思うのですが……。

【西村】その問題は実際に教育現場で起きています。たとえば、アクティブ・ラーニングを導入している学校の実情を聞くと、かなり乱暴なやり方で進めているケースが少なくありません。ある課題を出して、グループで話し合いをさせて解決策を考えさせる授業をしても、おしゃべりだけで時間が過ぎてほとんど進まなかった、という話はよくあります。

原因はいくつかありますが、まず前提として、アクティブ・ラーニングは生徒たちに知識と思考力があってはじめて成り立つものです。「ぼくはこういうやり方が好き」「私はこっちのほうがいいと思う」といった主観や感情で話し合っても何の意味もありません。要するに、意見には必ず理由や根拠が必要で、そのためには事前に、課題を自分事として考えるための「生きた知識」を身につけておかなければならない。

そして、どれだけしっかりと事前準備しても、違う意見がぶつかり合って予定通りに進まないのが本当のアクティブ・ラーニングなのです。その時に試されるのが先生のアドリブ力で、生徒たちを上回る何倍もの知識や思考力を先生が持っていないと対応できません。でも今、小中高の学校で導入されているアクティブ・ラーニングの多くは、そこまでのレベルに達していないのが現状です。