国のメタボ基準を疑え!

五木寛之●作家
五木寛之●作家

年間自殺者数が3万人を超える状況に対処する目的で、06年に自殺対策基本法が制定されました。具体的に何をしたらいいのか政府はわからなかったのですが、「自殺者の中に鬱病患者がいるのは確実。鬱病をなくせば自殺者も減る」という有識者の意見もあって、癌と同様、鬱病も早期発見が大事という方向になってきた。

地方自治体の中にはお先走りして、健康診断のときに任意のアンケートを書かせるところがあります。「朝起きたときに今日も1日頑張ろうという気持ちが起きない」「肉親や友達を疎ましく感じるときがある」などのチェック項目があって、どれも鬱病に見られる典型的な症状です。

つまり経済活動だけではなく、いまや一人一人の心理状態まで国家は把握できる。「あなたの心はちょっと危ないところがあるから専門医に診てもらいなさい」と言われるわけです。

「メタボリック症候群」という言葉がすっかり流行語になりましたが、あんなものに踊らされるのが一番いけない。日本は世界で最もメタボ基準が暴走した国です。本当に長生きで健康なのはちょっと小太りな人だとよく言われる。ウエスト幅の健康基準などというものを国家が決めるのはファシズムです。ところが国民がそれを受け入れ、メディアと一緒になってメタボ対策に躍起になっている。

政治家は国民を味方につけなければ何もできません。国民の意思に反したことは行えない。しかしながら、国民が持っている欲望の萌芽、そういう芽を育てて上手く利用すれば何でもできるのです。

いま、国民は健康に対して不安を持っています。また老後に対しても不安を持っている。病院や医療のあり方についても不安を感じている。そこで病気にならないようにする、すなわち「養生」ということが大きなテーマになってくるわけです。「メタボ」は、「養生」という国民の心理にぴったり適う。