実は公表されたこの中計には、利益目標の数字がない。なぜか。

「どういう運営をしていくのかということを明確にしたかった。それで今回は自己資本比率とかROA(総資産利益率)とか質を表す指標だけを出した」

銀行には優秀な人材が集まっている。だから、利益目標を掲げると一斉にそこに向けて走り出し、暴走を引き起こすこともある。宮田と國部が「質」を強調したのは、そうした過去の苦い経験を踏まえたものとも読める。

中計の目標を実現するために、國部が考える頭取の役割も、また3つある。1つ目が方向づけと決断。2つ目がリレーションシップマネジメント。顧客、株主、社会、従業員とのリレーションを緊密に取って、それぞれが望んでいることを把握する。そして、國部が最も強調するのが、人材の育成である。

「一人ひとりの人材が、専門性を高めて、能力を高めながら、チームワークによって総和を増やす。それが銀行の競争力の源泉につながっていく」

リーマンショックを経て、世界の金融業界は、規制再強化の時代にある。その象徴が「バーゼルIII」だ。国際的に活動する金融機関は、従前より高い自己資本比率が求められる結果、資産の増加は制約される。少ない自己資本で多額の借金をして、証券化商品への投資でぼろ儲けをする「米国型投資銀行モデル」は、過去のものになった。だが、限られた量で収益性を追い求めれば、ハイリスクの投資となり、失敗すれば健全性を阻害する。健全性を重視すれば、収益性は落ちる。結果として、収益性、成長性、健全性のバランスを欠けば、国際金融の舞台からは退場を迫られる。舵取りは難しい。

三井住友は顧客の顔が見える商業銀行路線で、堅実に稼ぐモデルをベースに置く。國部自身も、オーソドックスでバランス感覚があり、手堅くきっちりと細部まで詰めるというのが、行内での評価である。奇を衒った策は嫌いだ。その点では、時代にマッチした銀行経営者の登場といえる。

この銀行の歴代経営者は、個性が強く、世間の注目度も高い。さくら銀行との合併を成し遂げた西川善文前々頭取は、切れ味鋭く、「最後のバンカー」と呼ばれた。奥正之前頭取(現SMFG会長)は、自らの意思を明快に表現する行動派だった。國部はどう「自分色」を出すのか。それは今後の求心力とも関わってくる。

「頭取という言葉の語源には、いろんな説があります。一番の多数説は、雅楽を合奏するときに首席演奏する音頭取りからきているというもの。つまり指揮者ではなく自らも演奏をする。すなわち先頭に立ってやるという意味。だから、私自身もそうありたい」

最後も國部らしい、よく考えられた言葉で締めくくった。

※すべて雑誌掲載当時

(門間新弥=撮影)