「ルールはあってないようなもの」国境を流れる川

2011年5月中旬、北朝鮮と接する遼寧省丹東市を訪れた。案内してくれた地元の中国人の船に乗せてもらい、国境を流れる鴨緑江を下った。川面をなでた涼しい風がすっと鼻先をかすめた。北京の排ガスをたっぷり含んだ空気にさらされている肺が、きれいになっていくような気がした。

最初に向かったのが、中州に浮かぶ北朝鮮領の威化島だ。12平方キロほどの小島で、中朝両国が共同開発することで合意したばかりだ。川べりには、水遊びをする子どもや髪を洗う女性らに交じって、等間隔で兵士が並んで中国側の様子を監視していた。

望遠レンズのついたカメラのファインダー越しに、自動小銃を肩にかけた2人の男性兵士と目が合った。距離はわずか十数メートル。2人とも色黒で、背は150センチちょっとに見えた。軍隊ですら栄養不足が深刻なのかもしれない。

2人の表情がこわばり、右腕が動いた。銃を構えるようなそぶりをした。夢中でシャッターを押しつつも、船頭に全速で逃げるように頼んだ。

兵士の姿が小さく見えるところまで離れ、ようやく我に返った。その前日に丹東市の当局者に聞いた忠告を思い出した。

「鴨緑江の水面は両国共用で、相手国側に上陸したりスパイ行為をしたりしなければ違法行為にはなりません。ただ、密輸や脱北のために川を越えようとした人が、北朝鮮の兵士に射殺される事件が後を絶ちません。ある意味でルールはあってないようなものです。気をつけてください」

兵士たちの表情からはただならぬ緊張感を感じた。汗が背中をしたたり落ちていくのを感じた。

骨が浮いた牛が、土を耕す農村風景

途中で乗用車に乗り換え、鴨緑江沿いに車を南に数十分走らせると、高さ3メートルほどの鉄条網が張り巡らされているのが見えた。鴨緑江を国境線に東岸が北朝鮮、西岸が中国に分かれている。ところが、河口の西岸の一部だけ北朝鮮領となっているため、中朝が陸続きになっているのだ。

鉄条網の向こう側一面に広がる田んぼでは、ほころびた灰色の作業服を着た男女が鎌を片手に草刈りをしている。骨が浮かび上がった牛が、ゆっくりと歩きながら土を耕している。映画で見た戦前の日本の農村風景を思い出す。

とはいえ、生産性が高そうには到底見えない。北朝鮮の食糧事情は2011年春に入ってから悪化しており、穀物は必要量の半分にしか達していないという。

知人は鉄条網の脇に車を止めた。

「ここで降りて、向こう側に見えるように、煙がよく立ちのぼるようにたばこをふかしてくれ」

言われた通りに、私はたばこをゆっくりと吸い始めた。

しばらくすると、鉄条網の向こう側から濃緑の軍服を着た男性兵士がこちらに近づいてきた。丸刈りで身長150センチほど。どう見ても10代にしか見えない。左胸には金日成バッジをつけている。