写真=iStock.com/Omar Barcena
オーケストラ後方の打楽器奏者席付近。太鼓系から木琴系まで、多様な楽器がずらりと並ぶ。(※写真はイメージです)

独特の倍音に魅せられて

私自身も、キャリアの初期はオーケストラの打楽器奏者を務めていました。当時、打楽器奏者として一つ大きなコンプレックスを感じていて、それは、打楽器の共鳴度合いがほかの楽器に比べて貧弱ということでした。

私がプロとして活動しはじめた1970年代後半から80年代は、たとえばマリンバによく似た「シロフォン」(木琴)なども、共鳴板の質が低く、音を響かせるためにファンがつけられているほどでした。そんなふうに人工的に音を拡散させていることが「小手先の技」に思えて、どうにも気に入らなかったのです。

そんなある日、シロフォンに比べて、はるかに音がまろやかで、倍音が豊かなマリンバに賭けてみることにしたのです。

倍音は、それこそ数学的な性質をもったもので、1636年に、メルセンヌ素数で有名なフランス人数学者、マラン・メルセンヌ(1588~1648)によって発見されました。前述のとおり、音の本質は空気の振動であり、音はそれぞれ高さを決定づける周波数をもっています。倍音は、この基音の周波数の整数倍の値の周波数をもつ音の成分で、倍音が豊かであるということは、その楽器の音色が豊かであることに直結するのです。

さて、その当時は、今ほどマリンバの演奏技術が発達していませんでしたし、「マリ……、何? マリ……ファナ?」とバカにされることがあるほど、本当に知名度の低い、日陰者の楽器だったのです。

私はコンセルヴァトワールをとっくに卒業していて、在学中はマリンバの基本的な演奏方法しか習っていませんでしたが、かえってこの楽器のもつ本来のポテンシャルが計り知れないもののように思えて、そしてそれを誰も知らずにいることに密かな興奮を覚えました。誰も聴いたことのない、誰にも真似のできない効果的な演奏方法があるはずだ。それを独学で編み出してみよう——そう考えたのです。それからは、孤独との闘いの日々でした。音楽練習室に毎日15時間こもって、ただひたすら、マリンバと向き合っていたのです。1986年から89年にかけてのことでした。

「他の楽器とのデュオで演奏する」というアイデア

マリンバのより効果的な演奏方法を試行錯誤しながら探究していたある日、突然、マリンバソリストとして公共の場で演奏を披露することになってしまいました。それも、のちにフランスの文化大臣を務めることになるパリ議会議員のジャック・トゥーボンの前でコンサートをおこなうという大役でした。