この判断を後押ししたのが、過去の経験の伝承であった。関東鉄道では、1986年8月の小貝川氾濫時にも基地の水没を想定して車両の避難を検討したことがあった。このエピソードが車両部門、運転部門の現場で伝承されていたため、車両の退避をすぐに決めることができたのだという。

点検・保守用の作業車も水没してしまった

今回の北陸新幹線長野新幹線車両センターの浸水でも、事前に車両を退避させるべきだったという意見があるが、社員にも危険が及ぶ可能性がある災害時に、準備・訓練していないことをぶっつけ本番では行えない。

東海道新幹線の鳥飼車両基地の事例にせよ、関東鉄道の水海道車両基地の事例にせよ、事前に災害リスクを想定するところから、浸水対策が始まることが分かる。リスクを認識し、備えを検討し、そのために必要な設備の整備や改修を行い、規程を整備し、計画に沿って訓練を行い、ようやく初めて実際に対応することができるのである。

前述のように、JR東日本でも浸水経験のある車両基地では車両の退避を決断しているだけに、水平展開が行われていればという思いはぬぐえない。

今後は車両基地そのものの浸水対策も検討が必要かもしれない。長野新幹線車両センターでは、「変電設備」「確認車車庫」「車輪研削庫」「臨時修繕庫」「仕交検査庫」などが水没し、新幹線車両以外にも多くの業務用車両や保守設備が使用できなくなった。

車両の“検査拠点”がダウンすれば運転できない

鉄道の車両基地は、車両を収容するだけでなく、定期的な検査を行う拠点でもある。新幹線の場合、台車やブレーキ、パンタグラフなどの重要な装置を、車両を分解することなくそのままの状態で検査する「仕業検査(2日おき)」と、これら装置の機能を検査する「交番検査(30日おき)」が法定点検として定められている(車両の分解が必要なそれ以上の検査は、専門の設備を持つ自社工場で実施する)。

水没した「仕交検査庫」とは、仕業検査と交番検査を行う施設である。車検切れの自動車は走ることができないのと同様に、鉄道車両も必要な定期検査を受けないと、本線上の走行は認められない。つまり、車両だけが助かっても、基地機能が失われると運転を継続することはできなくなってしまうのだ。実際には、他の車両基地に設置された設備を借りて検査を行うことになるが、車両の運用などに大きな制約が生じることは避けられない。

例えば地下鉄では地上で洪水が起きた場合に、地下駅・トンネルへの水の流入を防ぐために出入口や換気口を密閉する装置が設置されている。今後いつ訪れるか分からない水害リスクに備えるためには、重要な検査設備については、浸水時でも検査庫内を守る浸水防止装置の設置を検討する必要もあるだろう。

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