今年7月、国が続けたハンセン病患者の隔離政策をめぐる損害賠償訴訟で、安倍晋三首相は国の責任を認め、控訴を見送った。なぜそうした判断に至ったのか。そもそもハンセン病とはどんな病気なのか。麻酔科医の筒井冨美氏が解説する――。
写真=毎日新聞社/アフロ
国の控訴見送りを受けて思いを語るハンセン病家族訴訟の林力原告団長(中央)。7月19日。

安倍首相が控訴断念した「ハンセン病」の真実

安倍晋三首相は「国の隔離政策で差別を受けた」と主張するハンセン病元患者家族の訴えを認めて国に賠償を命じた7月9日の熊本地裁判決を受けて、12日、「ハンセン病対策の歴史と、筆舌に尽くしがたい経験をされた患者・元患者の家族の皆さまのご労苦に思いを致し、極めて異例の判断ではありますが、あえて控訴を行わない旨の決定をいたしました」と表明した。

「参院選を見越してのバラマキ」「(賠償を)家族にまで広げると前例になる」のような意見もあったが、おおむね好意的に受け止められた。

安倍首相は24日には、首相官邸でハンセン病家族訴訟の原告らと初めて面会し、「政府を代表して心から深くおわび申し上げます」と改めて謝罪した。そこまで首相が頭を下げる経緯とはどんなものか。また、「そもそも、ハンセン病とは?」という若い世代も少なくないので、この場を借りて解説してみたい。その後に、ハンセン病について学べる映画作品をいくつかご紹介したい。

かつては「業病」と呼ばれたハンセン病

国立感染症研究所のウェブページによれば、ハンセン病とは「らい菌」により皮膚や末梢神経が侵される感染症である。幼児期に無治療の患者と濃厚な接触をすることによって感染し、数年~数十年後に発症することが多い。

感染力は弱く、現在の医学では特効薬や治療法も確立されており、在宅での治療が主流である。「大人から大人への感染」「服薬中患者からの感染」は基本的にはなく、「一緒に風呂に入る」「握手」レベルでの感染はあり得ない。

治療薬がなかった戦前には、顔や手足の変形や視力障害などの後遺症が残ることがあり、家族内感染も多かったため、「血筋の病」、あるいは神仏への悪行がたたった「業病」と誤解され、患者だけでなく家族も激しい差別の対象にされた。1907年の「らい予防法」に基づき、患者に対する強制隔離政策も行われていた。

1940年代に開発された新薬プロミンによって完治する病気になったが、差別・偏見は容易に消えなかった。人権を無視した隔離政策は、1996年にらい予防法が廃止されるまで90年近く続いた。2003年には「ハンセン病元患者の宿泊をホテルが一方的にキャンセル」という騒動もあった。

国立感染症研究所のウェブページによると、現在の新規患者数は「毎年約数名(日本人:数名、在日外国人:数名)」で、「らい菌を大量に排出している人はいません。今後患者が増加することはありません」という。

また、全国に13カ所の国立ハンセン病療養所があるが、体内から菌そのものはいなくなったが、障害や高齢化のために介護を必要とする元患者が余生を送る施設となっている。