ハンセン病をめぐる差別の構造を作品に触れよう

こうした経緯を知ると、安倍首相が控訴を断念したのは当然の判断と言えるだろう。

ハンセン病をめぐる差別の構造は、さまざまな作品でも描かれてきた。今回はその一部を紹介したい。

▼松本清張『砂の器』とその映画版

松本清張の『砂の器』は1960~61年に連載された新聞小説で、主人公が殺人に至った背景として「父親がハンセン病で故郷を追われ、過去と決別したかった」という設定になっている。

1974年の映画版でもハンセン病の設定はそのまま踏襲されており、「美しい日本の四季を背景に、病気への偏見から忌み嫌われつつも、巡礼する父子の別離」は、作品のクライマックスとなっている。

この作品はテレビドラマとしても何度か映像されており、2019年版では「渋谷ハロウィン祭の殺人事件」に置き換えられており、劇中でハンセン病を思わせる描写は見当たらない。

個人的には、1974年の映画版を超える作品は今もないと思う。原作を超えた数少ない傑作映画だろう。現在でも配信サービスなどで簡単に観られる作品だが、クライマックスでは号泣リスクが高いので、通勤電車などでの鑑賞は避けたほうがいい。

▼スタジオジブリのアニメ『もののけ姫』
『もののけ姫』
デジタルリマスター版DVD『もののけ姫』(宮崎駿監督、販売元 ウォルト・ディズニー・ジャパン)

1997年の映画『もののけ姫』には、ハンセン病がモデルとみられるシーンが出てくる。劇中に登場する「タタラ場」と呼ばれる製鉄所で、包帯姿の人たちが働く様子が描かれているのだ。

宮崎駿監督は2019年1月末、「ハンセン病の歴史を語る 人類遺産世界会議」という講演会の中で「ハンセン病をモデルにしている」「東京都東村山市の国立ハンセン病資料館で構想を練った」ことを公式に認め、「『業病(ごうびょう)』と呼ばれる病を患いながら、それでもちゃんと生きようとした人々のことを描かなければならないと思った」と語っている。

▼樹木希林の最後の主演作映画『あん』

昨秋、他界した樹木希林の最後の主演作となった2015年の映画『あん』は、ハンセン病を正面から描いた貴重な作品である。

過去がある雇われ店長(永瀬正敏)が仕切るどら焼き屋の求人に、手の不自由な老女(樹木希林)が応募してくる。彼女のあんが評判を呼び店は繁盛するが、彼女が「らい」といううわさが広まり……というストーリーである。当然ながら、ハンセン病元患者が作ったあんを食べてもハンセン病が感染することはない。