最長10連休の人もいるという今年のお盆休み。僧侶でジャーナリストの鵜飼秀徳氏は「お盆には多くの人が先祖との対話のために、渋滞覚悟で帰省する。その行動には、日本人ならではの思いやりの気持ちを感じる」という――。
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なぜ、猛暑の中、人々は「お盆休み」に帰省をするのか

この季節、京都で「スクーター」と言えば、「お盆」を連想させる。僧侶がスクーターに乗って縦横無尽に走り回る。彼らがどこに向かうのかと言えば、お檀家さん宅である。古都の夏の風物詩「棚経(たなぎょう)」だ。

棚経とは檀家さんの自宅を訪問し、読経をして回ること。お盆には、ナスとキュウリで作った牛や馬を飾り、ご先祖さまの霊をお迎えする精霊棚を飾るが、語源はそこからきている。棚経は江戸時代に一般化した。当時はキリシタン禁制であったため、各戸を訪問して仏教徒であることを確認する意味もあったと思われる。棚経の「足」は、かつては自転車、バス、市電、バイクなどであった。

しかし、近年のお盆の時期は気温35度を超えるような酷暑である。僧侶の法衣は一見、涼しそうだがまったくそんなことはない。法衣は黒で日光を吸収するうえ、夏用はナイロン製である。その下には白衣と襦袢(じゅばん)を着用している。スクーターで回っていては、熱中症になりかねない。私もそうだが、近年の棚経は車で回るのがおおかただろう。

まだ涼しい7月にお盆を迎える東京のお寺さんがうらやましくなる。そう、首都圏とそのほかの地域ではお盆の時期がひと月、ズレているのだ。

お盆の仏事が首都圏7月、地方都市8月である理由

しかし、なぜなのか。

企業のお盆休暇は全国統一で、8月10日過ぎからスタートする。なのにお盆の仏事は首都圏が7月で、地方都市は8月である。

ズレの理由は、明治初期にまでさかのぼる。そもそも江戸時代までのお盆の時期は全国統一で、旧暦の7月(新暦に直すと8月)にやっていた。しかし1872(明治5)年、暦が変わった。これまで採用されていた旧暦(太陰太陽暦)から新暦(太陽暦)に移行すると、首都圏では旧暦のそのままの月日を、新暦にあてはめた。したがって現在、首都圏のお盆は7月13日から16日までとなっているのだ。

いっぽう、新しい暦の形態をどうしても採用できない地域があった。当時、日本の大部分を占めていた農村部である。7月は農作業の繁忙期であり、お盆の支度ができないのだ。

それでお盆を1カ月後の8月に、後ろ倒しさせようということになったのだ。こうすることで季節としては旧暦と同じ時期になり、農作業の支障にはならない。この措置によって現在でも、多くの都市が8月13日から16日にかけてお盆の行事を実施している。

東京と地方で時期がズレているのは、宗教的な理由ではなく、農家の事情によるものだったのだ。企業のお盆休暇は、地方から東京に出てきた帰省客を考慮して、地方のお盆の時期に合わせているというわけだ。生活習慣の中に仏教を取り込んできた日本人らしい宗教観といえるだろう。