能力の輪をつくるには「時間」と「執着」が必要

それなら、「能力の輪」はどうやってつくりあげればいいのだろう?

それは当然、ウィキペディアで調べてみても説明は見当たらない。大学で学んでみても身につくものでもない「能力の輪」の形成に必要なのは、「時間」である。それも、とても長い時間がかかる。

「価値のあるものをつくりあげようと思えば、時間がかかるのは当然でしょう」。アメリカ人デザイナーのデビー・ミルマンは、自分の信条をそういう形で表した(彼女がデザイナーとして成功しているのはいうまでもない)。

それからもうひとつ。「執着」が必要である。執着は一種の中毒だ。

私たちがある状態を「執着」という言葉で表すときには、たいてい侮蔑的なニュアンスが含まれている。ビデオゲームやテレビドラマや模型飛行機に熱中する若者たちの執着っぷりについて書かれたものを読んでみればよくわかる。

ゲイツもジョブズもバフェットも「執着」していた

だが、執着はよい方向に働くときもある。何かに執着している人は、そのひとつのことに何千時間も費やせる。

若い頃のビル・ゲイツは、プログラムを組むことに執着していた。スティーブ・ジョブズはカリグラフィーとデザインに。ウォーレン・バフェットは12歳のとき、初めてもらったおこづかいで株を買い、それ以降ずっと投資中毒になっている。

だがゲイツやジョブズやバフェットが「青少年期を無駄にした」などといい出す人は、いまではいないだろう。彼らは、それらに執着して何千時間も費やしたからこそ、その分野のエキスパートになれたのだ。

執着とは、エンジンが故障した状態を指すのではない。執着そのものがエンジンなのだ。

ちなみに、「執着」の対義語は「嫌悪」ではなく「興味」である。何かに対する感想を求められたときに、「それは興味深いですね」と返すのは「私は大してそれに興味がない」と遠まわしに言いたいときの常套句だ。