レンタル希望リスト「キュー」の誕生

ローンチ日のクラッシュは、それから何カ月にもわたってネットフリックスのチームメンバーに起きることの前触れだった。やらなければならない仕事は山ほどあった。

例えば、ウェブサイトを魅力的で使いやすくするためのさまざまな機能の導入だ。ローンチ前のブレインストーミングでランドルフ、キッシュ、メイエの3人はそれらについて議論しながらも、ローンチの期日を優先し、導入を見送っていた。

まずキッシュとメイエが導入したかった機能は、見たかった映画を思い出させてくれるリマインダー機能だ。キッシュの発案である。彼女には書店で新刊本をチェックし、後日図書館で借りる習慣があり、それがヒントになった。

社内メモでは当初「ザ・リスト」と呼ばれた。しかし、1年後にメイエが導入したときには「キュー(順番待ち)」へ呼び名を変えていた。この機能を完成させる技術的ハードルは高い。個々の顧客が自分のアカウント内でネットフリックスの在庫を調べて、見たい作品の優先順位を付けるのである。ここでは一種の人工知能(AI)が必要になる。メイエはローンチ前にリマインダー機能に振り回されて、時間を浪費する事態を避けたかった。

欲しいのはおすすめしてくれる“デジタル店員”

その代わりに、メイエとキッシュは「リマインドミー」アイコンを作成した。これを使えば、顧客は興味ある作品を指定しておくことができる。社内のプログラマーチームはリマインドミーのアイコン――赤い蝶ネクタイを巻いた人差し指――をやぼったいと嫌い、「ブラディフィンガー」と呼んでキッシュをからかうこともあった。

ジーナ・キーティング著、牧野洋訳『NETFLIX コンテンツ帝国の野望』(新潮社)

ロウが欲しかった機能は「デジタル・ショッピング・アシスタント」だ。ビデオドロイドのオーナーとして顧客を間近で観察してきた経験からヒントが生まれた。顧客にしてみれば、映画の好みについて同じセンスを共有しているのは店長ではなく店員なのだ。

理想的なデジタル・ショッピング・アシスタントは顔写真とともに人間的な個性を備えている。それだけではない。ネットフリックスが保有する巨大な映画ライブラリの中からお勧め作品を案内してくれる。ローンチ日に間に合わなかったものの、レコメンドエンジン――初期メンバーがホワイトボードで戦略を練っていた段階の構想――を作る土台になった。

このようにしてネットフリックスは誕生したのである。

ジーナ・キーティング
フリーランスの経済ジャーナリスト。米UPI通信に続き英ロイター通信に記者として在籍し、10年以上にわたってメディア業界、法曹界、政界を担当。独立後は娯楽誌『バラエティ』、富裕層向けライフスタイル誌『ドゥジュール』、米国南部向けライフスタイル誌『サザンリビング』、ビジネス誌『フォーブス』などへ寄稿している。2012年、処女作『Netflixed』を刊行。
(写真=AFP/時事)
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