30代までは「仕事漬け」
現場・現物・現実の「三現主義」が仕事に向かうときの信条です。何か問題が起きたときには本社の会議室で知恵を絞るよりも、現場へ足を運んだほうが解決策は浮かびやすいと思うのです。この考えは大学時代から一貫しています。
忘れられないのは、卒業前に1人でインドを旅したことです。日本では想像もできないような貧困に触れたことで、私の世界観は大きく変わりました。ありがたくないことに強盗被害にも遭いましたが、それだけの貧困がインドには蔓延していたということです。
社会人になってからも「現地を見てみたい」「実地で経験したい」という思いは変わらず、むしろ大きく膨らみました。若い頃は配属先で仕事を覚えると別の部署のことも知りたくなって、1年か2年で異動願いを出す、の繰り返しでした。30代半ばにはいわゆるMOF担(金融機関における旧大蔵省担当者)として、官僚や同業他社、異業種など社外の人々の発想や行動原理を学ぶ機会にも恵まれました。
ただ、その間は文字通りの仕事漬けです。MOF担時代などは、毎日深夜まで働いていました。
「これだけでいいんだろうか?」
ふと、そんなことを考えたのは、本社の企画課長になった40歳のときです。
平均的な日本人男性が80歳まで生きるとしたら、40歳はちょうど折り返し点。余生を考えると、仕事とゴルフくらいしかやることがないのでは少々寂しいと考えました。
そこで私は、未経験に近い10の趣味をリストアップし、それらを本格的に始めることにしました。列記すると次のようになります。
①エアロビクス、②ペット飼育、③趣味としてのクルマ、④寺社巡りと仏像鑑賞、⑤食べ歩き(「B級グルメの会」)、⑥教養としてのワイン、⑦クラシック音楽鑑賞、⑧暮らしと文化に触れる海外旅行、⑨西洋史を中心にした世界史、⑩写真。
エアロビクスやB級グルメの食べ歩きがリストに入っていることからもわかるとおり、とりわけ「高級」「高尚」なものを始めようとしたわけではありません。定年後も長く続けられ、健康や教養につながりそうなことを選んだのです。
フランスのデモ「長期化」を予知
知識の習得という点でいかにも教養らしいのは、寺社巡りと仏像鑑賞、教養としてのワイン、クラシック音楽鑑賞、暮らしと文化に触れる海外旅行というあたりでしょう。
寺社巡りの過程では、国宝に指定されている京都や奈良の仏像はほとんどすべてを拝観しました。ワインについては40歳のときはまったくの初心者だったのですが、いまではソムリエと意見交換できるくらい詳しくなりました。
クラシック音楽は、とにかく挑戦してみようと、その道に詳しい部下に初心者向けのCDを紹介してもらって聴いているうちに、だんだん良さがわかってきました。ただ聴くだけではなく、作曲家の育った時代や環境、生涯などの周辺情報が大事で、そういうものがどんどん蓄積するうちに、何を表現しているのかがわかってきて面白くなるのです。