このように、世の中の現象をモデル化して理解することが、自らで考えるベースとして不可欠なのです。近年、新しく登場してきたAIや遺伝子工学、ナノテクノロジーもやはりモデルを使って考えることで理解が進むはずです。重要な分野のモデル化の基本こそ現代の自由7科であり、教養なのです。

(2)どの場面で、何が役に立つのか?

出口▼イノベーションを起こすのに「教養」は必須

今、世界中の企業がイノベーションを起こそうと必死です。136年前オーストリア・ハンガリー帝国(現チェコ)に生まれた経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターが提言したとおり、イノベーションは既存知の組み合わせであり、既存知の距離が遠ければ遠いほどイノベーションが生まれやすいといわれています。つまりビジネスばかりを勉強していてもイノベーションは生まれないということ。ビジネスと歴史、ビジネスと音楽など、学ぶ分野が大きく異なったほうがイノベーションは起きやすいのです。

ゴールドマン・サックスCEOのデビッド・ソロモン。ステージネームは「DJD-Sol」。CDデビューもしており、移動中に曲作りをしているという。(共同通信イメージズ=写真)

象徴的な話では、世界の金融界のトップを走るゴールドマン・サックスの会長兼CEO、デビッド・M・ソロモン氏はビジネスマンでありながらプロのディスクジョッキーでもあります。最先端の金融業務とまったく関係のない世界があったからこそ、ビジネス界で立派な業績があげられたのです。

教養をつけることは個人だけではなく、企業のマネジメント上も非常に重要です。アイデアもイノベーションも本源的には人間の脳から生まれてくるのですから。

GAFAや、未上場のスタートアップ企業でありながら評価額が10億ドル以上と大きな可能性を秘めた「ユニコーン企業」は、会社ぐるみで必死になって脳科学や心理学を学んでいます。そういう会社のオフィスは原色で彩られていたり、部屋の形が曲がっていたりとほかのオフィスとは一線を画します。どういう部屋の形にして、壁や天井はどういう色を使えば、社員が自然とやる気を出すかを計算し尽くして、実際に試しているのです。

それに比べると、日本企業の多くではいまだに根拠なき精神論が幅を利かせ、精神訓話を振りかざして経営しています。脳科学や心理学などの学問をベースにして人間の可能性を引き出さないと、GAFAに比肩するどころか、どんどん差を広げられてしまうでしょう。

竹中▼いまも守る先輩の「川を上れ、海を渡れ」という教え

私が若いころ、日本開発銀行から大蔵省(現財務省)に出向していたときに先輩から言われ、今も意識しているのが「川を上れ、海を渡れ」という格言です。「川を上れ」は歴史をさかのぼって考えてみろという意味。歴史上で起きた事件とまったく同じことが繰り返される例はないでしょう。でも、歴史はファクトの積み重ね。そこから得られる成功と失敗のエッセンスは次に起こることの予測に大変役に立ちます。その意味で、教養としての歴史が欠かせないのです。「海を渡れ」は海外の事例を知れということ。私たちが悩んでいることはたいてい海外の人も悩んでいて、解決を試みて成功した例もあれば失敗した例もあります。

私たちがビジネスで悩んでいることも、川を上り、海を渡ることによって学べる事例が見つかることが多いと思います。