辞めたことで「夜の世界」が見えてきた
【成毛】ほかの業界でもそうかもね。手が届かないような大企業から離れた人のほうが、ベンチャーから見ると、話しかけやすく感じるかも。パナソニックやソニーという肩書と組むとだまされそうだけど、退職した個人なら問題ないかな、とか。
【大西】社会には、会社を辞めたからこそ会いたい、って考えてくれる人がいるんですよね。以前に「大西さんが日経新聞で見てきたのは、昼間の世界だけですよね」といわれたことがあって。当然ですが、昼があれば夜もある。でも昼の世界にいると、そこから夜の世界は見えないんですよ。辞めたことで、夜が見えてきたでしょう、と。しかも意外と夜の世界は深いということに気付かされて。昼の世界は立派に見えるけれども、そんなに「実(じつ)」はないかもしれない、と思い始めました。
【成毛】じゃあ、面白くて仕方がない?
【大西】記者のとき、ハイヤー使ってどこでもアクセスできるんだぜ、と威張っていた世界が、どれだけ狭かったか。その先では官僚、経営者、いずれにせよ、スーパーエリートとしか会っていない。確かにそこに多くの情報が集まってきているから、それがすべてのように感じるけれど、それは錯覚です。
経済部エリートの移動距離はものすごく短い
【成毛】外交問題であれ、学校のいじめの問題であれ、報道はエリートたちの目線なんだよね。たとえば彼らは、リアルな低所得者層の世界なんか、人生で一度も接したことがない。じつはそんなエリートは、首都東京でも一割ほどしか存在していないわけで、それこそ、千代田区と港区と中央区という中心3区だけに暮らしている。
【大西】でもそれが「日本」だと感じている。下手するとそこが「世界」だ、くらいに思っています。
【成毛】これが朝日・毎日・読売なら、もう少し違う目線に立って、書く必要もあるんだろうけど。日経新聞のつらさでもあるよね。読者もアッパー層なら、書いている人もアッパー層。取材対象者も、広告主も全部アッパー層ですから。
【大西】とても狭いですよ。そのなかの、さらに狭い世界にいるのが経済部のエリートたち。財務省と日銀が取材先だから、彼らの移動距離はものすごく短い。永田町と霞が関、そして丸の内の間をクルクルと車でまわっている。「500メートルしか走っていないな、今日は」とか。
偉くなるためには、会社の外にいては危ない、だから取材をしない人にならなくてはいけない。必要なのは、内務官僚になること。内務官僚は、社内で何か起きたときに、その場にいることがもっとも重要。その場にいて、その瞬間に相槌を打たなければいけない。