効率よく知識を得るなら「古典」か「教科書」を

そして、この知識を使うことこそ思考の役割である。

思考とは意識を振り向ける動作であり、知識を選択し、またそれらを結びつけたり切り離したりして新たな選択肢を作ることである。この「知識と意識(をコントロールする思考)」を組み合わせることで人生の自由度は大きく変わってくる。その意味において、知識と意識は思考の両輪と言える。

もし効率良く知識を得たいのであれば、古典もしくは教科書を読むのが良い。

私は思考に意識を集中投下するために、今では本をほとんど読まなくなったが、30歳前後をピークにあらゆるジャンルの古典を読みあさった。古典を勧めるのは、現代まで読み継がれているという点で、物事の本質を突いているからだ。

また、本を読むという行為は著者の思考プロセスをたどる旅である。だから良質な本を読み流しているだけでも、自分の視野の狭さや洞察の浅さに気づかせてくれるし、読むことで自分の情報に吸着した意識を引きはがしてもくれる。知識を得るためだけではなく、そういった視点から本を読むのも面白い。

また、特定の課題について体系的に学びたいときは、単にアマゾンの星の数で選ぶのではなく、入門書で全体像をつかみ、専門書で深く洞察するというふうに使い分けることが大事である。

入門書は扉を開け、専門書は本質に到達させてくれる

入門書と専門書では、求める目的が全く異なる。入門書はそのテーマの扉を開けるという目的があり、専門書は本質へ早く到達させるという目的がある。

よって入門書は、文字通り入門しやすいものでなければならない。あなたが問題意識を持ったテーマについて全体像を与え、わかりやすい表現で個々の内容を簡潔に説明しているものを選ぶといい。そして、入門書を読み終わったら、問題意識を深く掘り下げるために専門書を読む(図表2)。

入門書と専門書の使い分け(画像=『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』)

多くの専門書は抽象度が高く、難しい記述表現が使われているが、それ自体は全く問題ではない。その本がそのテーマの本質をつかんでいるかどうかということが重要で、入門書がわかりやすくて、専門書がわかりづらいということは一切ない。

専門書も、もしそれが的確にものの本質をつかんでいるのであれば、わかりやすい内容になっているはずである(知識が不足していることによって文脈を正確に理解できないことはあるが)。

重要なポイントは、膨大に存在する書籍の中からいかにして本質的な専門書を嗅ぎ分けるかだろうが、その能力は経験によって習得可能であると思っている。もしくは本質をつかんでいると思われる人に本を勧めてもらったり、良書の中で引用されている本を選んだりするのも有効である。