「本のことになると徹底して引かない人」

地方書店の売上の柱は学校や保育園、幼稚園などへの外商である。それを知ったふたりは、「こんな本を子どもたちに読んでほしい」と願ってつくったリストを持って、小学校を回り始めた。

通例では、教科書を納品する書店が学校図書の受注も引き受ける。教科書を取り扱わず取引の前例を持たない小さな書店を、学校の事務室は敬遠した。ところが、「あの書店から本を買えませんか?」と、事務室に相談をする教師がちらほらと現れた。教師の中に、「竹とんぼ」の選書を信頼する人がいたのだ。

困り果てた事務室は、教育委員会からの許可書を出してほしいと要望。「お墨付き」が欲しいというわけである。教育委員会を訪ねたふたりに、担当者はあっさり許可書を書いた。こうして外商が始まった。

書籍営業で腕のある奎一は、小学校や中学校、大学、あるいは保育園や幼稚園へと外商に出向き、徐々に数字をあげるようになる。それでも、書店の売上は厳しい。

「どの本を置くかで、この人とだいぶ激しくやり合いました。本のことになると徹底して引かない人ですから。僕はね、だいぶこの人に鍛えられましたよ」

店のまわりにはのどかな風景が広がる。(撮影=三宅玲子)

「いい本だから売れるわけではない」

奎一が楠緒をチラリと見ると、楠緒が苦笑した。

「いい本だから売れるわけではありません。いい本なのに、知られていないために読まれないということの方がずっと多いんです。でも、売上のことを考えると、いい本よりも売れる本を並べることの方が大事なときもあると、夫は言うわけです」

児童書に真剣に向き合い選書する楠緒と、生活のために売り上げを守ろうとする奎一は、経営を巡って考えがぶつかり、家の中に嵐が吹き荒れた時期もあった。

「3人の息子たちにも心配をかけました。でも、あるとき高校生の次男に『おかあさん、おとうさんはおかあさんのことを愛してるんだよ』って言われたんです」

その言葉が忘れられないと楠緒がつぶやいたのは、外商に出かける奎一を見送ったあとである。