いい物語は心に沈殿物のようにたまっていく

この本を紹介したところ、なぜこんなに残酷なお話を薦めたのかと、ある父親から抗議の電話がかかってきたという。

「でもね、お子さんはどうですか? と尋ねると、『それが、子どもは読んでって何度もせがむんです』と言われるんですよ。子どもにはちゃんと伝わっているんです」

幼い頃に心に残る本との出会いを体験すると、その物語は子どもを支える力になる。なにより、子ども時代に読める本の量は限られている。たった1冊でも深く心に残る体験をすれば、子どもは本が好きになるだろう。

「本当にいい物語は、子どもの心の中に沈殿物のようにたまっていくでしょう? それは、子どもの生きる力、自分を肯定する力になるんです」

店の庭はきれいに手入れされていた。(撮影=三宅玲子)

本に向き合う真剣さが、この店への信頼を育てた

本が売れない時代に、「売れる本」ではなく「本物と信じる本」を並べてきた。本に向き合う真剣さが、「竹とんぼ」の信頼を育てた。

熊本地震後は、通常は買い取りしか認めない老舗出版社が「竹とんぼ」を支援するべく返品に応じ、長く交流のあった大学教授は多額の寄付を申し出た。子どもの頃に「竹とんぼ」で本を買ってもらったという何組もの若者とその親たちが訪れた。

「星の王子さま」の翻訳で知られるフランス文学者内藤濯は熊本出身だ。熊本地震の折りに、内藤の孫が熊本県立図書館に本を寄贈したいと岩波書店に相談した際には、岩波書店が「竹とんぼ」を外商に指定するよう取りはからった。

さつまいも畑だった600坪に店を開いて27年、現在は奎一と40代の長男哲志、妻佳代が経営をになう。ゴールデンウィーク、阿蘇の小さな書店は、きっと小さな子どもたちで大賑わいするだろう。

三宅 玲子(みやけ・れいこ)
ノンフィクションライター
1967年熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009~2014年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルプロジェクト「BilionBeats」運営。
(撮影=三宅玲子)
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