この川原さんのショートタームのマーケティング戦略は、経営学でいう「リアル・オプション」そのものです。リアル・オプションとは、「不確実性の高いビジネスでは、比較的小規模・短期間の投資でリスクを抑えながらさまざまな手を打って、その中で大きく当たりそうだとわかったものだけに後から大きく追加投資をする」という考えです。まさに川原さんは、ショートタームで製品を出すことで、少額であえて「変わった製品」を多く出し、結果として大きな果実につなげたのです。
親から受け継いだ、ソーシャル・キャピタル
第3のポイントは、まるか食品には先代から脈々と受け継がれる「社員を大切にする」姿勢が築かれていたことです。経営学では、この信頼関係を総称してソーシャル・キャピタルと呼びます。時には技術力や個人の能力以上に、企業経営に重要な経営資源とも言われています。
実際、イカ天瀬戸内れもん味の成功には、同社のソーシャル・キャピタルが生きました。例えば、同商品が一口サイズで、また黄色をベースに水色の文字を配置したポップなデザインのパッケージにしたのは、同社の女性社員の意見でした。
「実は、当時一口サイズに一番反対したのは僕だったんです。でも、企画チームがお客様の声を集めたら、一口サイズを求める声が多いと言うので認めました」
従業員の意見を大切にするという先代から会社に根付いたソーシャル・キャピタルが、大ヒットにつながったといえます。
「僕自身は、父から仕事の話で、『稼げ』と言われたことはないんですよ。『全部従業員のためになる会社にしろ』としか言われていない。どんなに不況でも、人件費率を下げる努力はしても、給料は上げなくてはいけない。絶対に下げてはいけないと先代から厳しく言われて、いまも守っています」
大ヒット商品の登場で業績は見事にV字回復し、18年の売上高は約22億円に。17年からは、財務諸表をすべてオープンにし、その読み方も社員に教えているという川原さん。持続的な会社をつくっていくためにも、従業員を育てるという先進的な会社経営を、尾道の小さな食品加工会社が行っているのです。
▼第二創業成功のポイント:まずは「期間限定」、売れそうなら一点突破で全面展開
●本社所在地:広島県尾道市美ノ郷
●資本金:9471万円
●売上高:22.4億円(18年2月期)
●従業員数:120人
●沿革:1961年、現会長・川原鞆一氏が創業。2013年に発売した「イカ天瀬戸内れもん味」の大ヒットで14年以降は毎年130%の増収増益を重ねる。
●社長:1968年、広島県生まれ。武蔵大学、テネシー・マーティン大学卒。2006年より現職。
早稲田大学ビジネススクール准教授
三菱総合研究所を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.取得。2008年よりニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールの助教授を務め、13年より現職。専門は経営戦略論および国際経営論。近著に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』。
▼本連載のリアルイベントを6月6日(木)に開催します。ぜひご参加ください。
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