「小1プロブレム」の原因は学校システムにある
小1プロブレムと言われる問題も、多くはシステムが作り出している問題です。
小1プロブレムとは、小学校に入学したばかりの1年生が、集団行動ができないとか、黙って座って授業が受けられないとかいった“問題”です。
これは、家庭のしつけが不十分だったり、自己コントロール力が未発達だったりすることが主な理由だと言われています。でもわたしは、正直なところ、それは子どもたちを“管理”する大人側の勝手な言い分だと考えています。
子どもを叩いてでも、親や教師の言う通りにするようしつけるのが当たり前だった時代、子どもたちが教室でおとなしくしていたのは、ある意味で当然のことでした。体罰はいたるところで行われていましたし、親がそれを望むことさえありました。学校は先生の言うことに従う場所。そんな社会的コンセンサスが、曲がりなりにもありました。
でも、今のわたしたちは、体罰を恥ずべき行為と考えています。子どもたちを、過度に管理し、統率し、大人の言う通りにさせることが、実は子どもたちの成長を著しく損なってしまうのだということにも、多くの人が気づいています。有名なモンテッソーリ・メソッドの生みの親、マリア・モンテッソーリは、すでに20世紀初頭にこんなことを言っています。子どもたちを、大人が決めた規律で縛りつけること、管理し統率すること、それは、子どもたちを規律正しくしているように見えて、実は命令されたことしかできない「無力」な存在にしてしまっているだけなのだ、と(マリア・モンテッソーリ『モンテッソーリ・メソッド』71頁)。
小学校に入った途端「主体性」が奪われる現状
モンテッソーリらの影響も少なからずあって、世界中の幼児教育や保育の現場では、基本的に、子どもたちの主体性を尊重した実践が目指されています。そして実際、保育園や幼稚園の子どもたちは、年長さんにもなると、お兄さんお姉さんとして年下の子たちの面倒を見たり、お手本になったりと、園を引っ張っていく頼もしい存在になります。
ところが、今なお多くある、規律に厳しい”統率的”な小学校の先生のクラスに入るやいなや、子どもたちはその主体性をいくらか奪われてしまうことになるのです。それまでお兄さんお姉さんとしての自覚を育んできた子どもたちは、いつのまにか、何もできない、時に箸の上げ下げにいたるまで「先生の言う通りに」行動しなければならない存在として扱われるようになるのです。
「手はお膝!」「お口にチャック!」そんな声が教室中に響き渡ります。「ぐぉらそこっ! 静かにしろ!」という怒号が聞こえてくることさえあります。これは要するに、子どもたちを教師の言う通りに統率しようとする行為です。