これは02年のノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏が提唱する「プロスペクト理論」において、「損失回避性」と名付けられた人間の傾向を反映しています。プロスペクト理論は、人は「利得」と「損失」では、損失のほうをより重要視して、なるべく損しないように行動することを明らかにしました。

また同じ内容であっても表現の仕方が異なるだけで、人々の意思決定に変化を促す「フレーミング効果」もこのメッセージは活用しています。例えばある手術を行うかどうかについて、「術後1カ月の生存率は90%です」という情報を与えられた患者と、「術後1カ月の死亡率は10%です」と言われた患者では、前者の約80%が手術を受けると答えたのに対し、後者は約50%しか手術を受けると答えなかった、という研究があります。これも両者はまったく同じ内容ですが、「死亡」という損失が強調されたメッセージを受けたことにより、患者の損失回避行動が引き起こされたと考えられます。

個人ができる対策として、がん検診のような「先延ばし」をしがちな行動には、先の予定を確定させる「コミットメント」が有効です。「○月○日の○時に◯◯病院で検診」と決めて、予約を入れてしまうのです。すると予約を変更するのは面倒ですから、予定通りに検診を受ける確率が高まります。

また先延ばしは「目先の利益」を優先する行動ですから、検診を受けたことに対して自分で「ご褒美」を設定するのも効果があります。お酒が好きな人なら検査前に一定の期間、禁酒をして、検査日の夜に飲む少し高いワインを買っておく。そんな小さなことで構いません。大切なのは自分が楽しめるルールを決めることです。

1度始めた治療をやめられないワケ

がんになった場合の治療法の意思決定でも、行動経済学は役に立ちます。

がんの診療現場では「ここまで治療を続けたのだから」という理由で、それ以上必要のない治療法を継続したがる患者さんも少なくないと、多くの医療関係者が述べます。