SNSは個人の信用を格付けする「インフラ」になった

これらの変化を知らない人ほどお金に執着するが、それは旧時代のパラダイムである。クラウドファンディングやVALUなど、信用を現金化するツールがこれだけ浸透して手軽に使えるようになると、お金を貯めるのではなく、信用を貯めるほうが有効であることは自明だろう。

念のため補足すると、クラウドファンディングは、発案者が何らかのプロジェクトを提案し、それに対して賛同者がお金を投じる仕組みである。VALUとは、個人が模擬株式を発行し、オンライン上で売買できるシステムのこと。ユーザーは、「VALU」と呼ばれる模擬株式を仮想通貨(ビットコイン)で発行し、他のユーザーに買ってもらうことで資金を調達できる。

かつて信用は一つの村や島でしか流通できなかったが、今では世界のどこでも流通しうる。この変化にもっと多くの人は気づくべきだ。21世紀に行うべきことは一時的な評価や一攫千金を得ることではなく、ネットワークを広げ、その網の中に信用を編み込んでいくことに尽きる。

私は2013年に『なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?』(ダイヤモンド社)の中で、SNSは個人の信用を格付けするインフラになると書いたが、まさにその通りになった。フォロワー数とつながりの密度は偏差値として換算され、個人の時価総額や時間単価の計算に使われている。

みんなが「上場」している時代がやってくる

厳密に言えば信用とお金の中間には「フォロワー」という存在もある。YouTuberをはじめとするいわゆるフォロワー経済がまさにそうだが、たとえば「フォロワー数が5000人以上いないとこのイベントには参加できません」といった大学入試センター試験の足切りのようなことが、今後は様々な場面で見られるようになるだろう。言ってみれば、「皆が“上場”している時代」である。

フェイスブックやツイッター、インスタグラム、その他のSNS、あるいはライフログのようなものも含め、個人の信用が可視化される社会では、そこに参加する人すべてに「株価」がついている。単なる「評価」ではなく「株価」とあえて言ったのは、「株価(=信用)」は「評価(=価値)」を積み上げたものだからだ。株が資産だと見なされるのと同じで、個人の信用は限りなくマネーに近い存在となる。

くり返すが、信用主義社会において大事なことは、現実のお金を持っていることではなく、価値と信用を創造する力だ。

現実のお金は信用の負債を抱えて作ったものかもしれないのだから、単純にお金さえあれば幸せというわけにはいかないのである。

しかも、価値と信用の創造は現実のお金を稼ぐことより難しい。だからこそ「貨幣化」していない部分を含めた信用残高こそ意識すべきなのである。

そもそもお金は稼ぐのは才覚と運だが、使うのに必要なのは品格である。

世界の長者番付に必ず登場するビル・ゲイツ氏はポリオ(急性灰白髄炎)の撲滅にコミットしている(ゲイツ家には、若いうちにたくさん稼いで、晩年に、稼いだお金の全額を社会事業に投じるという家訓があるそうだ)し、マーク・ザッカーバーグ氏は資産の99%を社会貢献に回している。ジェフ・ベゾス氏やイーロン・マスク氏は、宇宙開発にお金を投じている。

このようにお金の使い方に品格があるからこそ、彼らは信用されるのである。