世界遺産登録を「地方再生の妙薬」だと思ったら大間違いだ。富岡製糸場は世界遺産に登録された2014年には年間133万人以上の来場者がいたが、2017年にはその半数以下に落ち込んでいる。東洋文化研究者アレックス・カー氏とジャーナリストの清野由美氏は「自分たちの町や地域の遺産をいかに観光のために整備するか、統括的に考える必要があった」と指摘する――。

※本稿は、アレックス・カー、清野由美『観光亡国論』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

2016年06月17日、観光客が訪れる旧富岡製糸場(群馬県富岡市 写真=時事通信フォト)

観光業で汚染された場所「ユネスコサイド」

英語に「cide(サイド)」という接尾辞があります。「herbicide(ハービサイド=除草剤)」「genocide(ジェノサイド=集団殺戮)」など、概ね「殺す」ことを意味していますが、最近のヨーロッパや東南アジアでは、ユネスコの世界遺産登録を受けて、観光業で汚染された場所を「ユネスコサイド」という言い回しで表現するようになっています。

世界遺産に登録されて世界中から観光客が集まるようになった後に、的確なコントロールを怠れば、その途端に、町には観光客目当てのゲストハウス、ホテル、店が立ち並ぶようになります。

そうなると、昔からある景観や文化的環境が薄れてしまいますし、観光スポットだけでなく、住民が大切にしてきた場所までが、ネガティブに発信されてしまいかねません。

そのプロセスは、町に観光客が増えることで、昔からあった店がなくなり、金儲けをあてこんで遠くからやってきた土産物屋だらけになる観光名所と同じです。

たとえば中国雲南省の世界遺産の町、麗江では、かつては先住の少数民族、ナシ族が旧市街で昔ながらの生活を営んでいました。

しかし観光地としての知名度が上がるにつれ、旧市街に北京や上海の業者が進出し、大量生産された土産物を販売するようになりました。世界中から来る観光客で表面上は賑わってはいますが、もともと旧市街に住んでいたナシ族の人たちは減り、町は本来の姿を失って、空洞化しています。

バガン遺跡は「危険なほどの混雑」に見舞われた

ユネスコサイドは、世界遺産に登録された後、徐々に始まるのではありません。登録された段階、もしくはその前でも起こります。

ミャンマーにあるバガン遺跡は世界三大仏教遺跡の一つで、11世紀から13世紀に建てられた仏塔や仏教遺跡が3000以上も残る、実に神秘的な場所です。有名なカンボジアの世界遺産であるアンコールワットより、さらに規模が大きく、気球に乗って日の出を見るツアーが観光客から人気を博しています。