匿名の「安全地帯」からフルボッコする神経

(2)鬱憤晴らし

「誰でもいいからたたきたい」という欲望を抱くのは、日頃から鬱憤がたまっていて、そのはけ口を探さずにはいられないからだろう。つまり、怒りたくても怒れず、欲求不満にさいなまれている。だから、誰でもいいから怒りをぶつけて、スカッとしたい。

このように鬱憤晴らしのために「誰でもいいからたたきたい」と思っていると、ネット上で他の誰かが残した怒りのコメントを見つけたら、これ幸いとばかりに自分も激しい怒りをぶつける。

こういう人は、そもそも鬱憤がたまる原因を作った相手に対しては、怖くて怒れない場合が多い。たとえば、本当に腹が立っているのは、理不尽な指示に部下を無理矢理従わせようとするくせに、責任はすべて部下に押しつける上司だったり、ろくに家事をしないくせに、文句ばかり言う妻だったりするのだが、そういう相手には怖くて何も言えない。

それでも、怒りが消えてなくなるわけではない。怒りは、澱のようにたまっていくので、何らかの形で吐き出さずにはいられない。だから、その矛先の向きを変えて、しっぺ返しの恐れがなさそうな弱い相手に怒りをぶつける。

「ネットに実名入りで悪評を書くぞ」と脅す

このような方向転換を精神分析では「置き換え」と呼ぶ。怒りの「置き換え」の最たるものが、最近問題になっている「カスタマーハラスメント」、いわゆる「カスハラ」である。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/PeopleImages)

「カスハラ」とは、サービス業の現場あるいはお客様相談センターで客が行う理不尽な要求や悪質なクレームなどの迷惑行為であり、最近深刻化している。たとえば、店員に「お前は頭が悪い。だからこんな仕事しかできないんだ!」と暴言を吐いたり、態度が気に入らないという理由で土下座を要求したりする。あるいは、返金や賠償金を要求し、それが受け入れられないと、「ネットに実名入りで悪評を書く」「殺されたいのか」などと脅す。

こうした「カスハラ」が増えている背景には、顧客獲得のために“過剰”ともいえるサービスが当たり前になったことや、SNSの普及によって誰でも悪評を容易に発信できるようになり、しかもそれがすぐに拡散することがあるだろう。

だが、問題の核心は、店員を怒鳴りつけたり脅したりすることによって日頃の鬱憤を晴らそうとする客が少なくないことだと私は思う。この手の客は、日頃怒りたくても怒れないので、怒りの「置き換え」によって、その矛先を言い返せない弱い立場の店員に向けるわけである。

同様のメカニズムが“便乗怒り”にも働いているように見える。本当に怒りたいのは職場や家庭の身近な相手なのだが、怖くて怒れない。そのため、ネット上で他人の怒りのコメントを見つけると、それに便乗して怒りをぶつける。

この“便乗怒り”は、鬱憤晴らしの手段として最適である。というのも、匿名で怒りのコメントを書き込めば、仕返しされる心配はないからだ。自分は「安全地帯」にいながら、どんな激しい怒りでもぶつけられる。だからこそ、後を絶たないのである。