マンション暮らしで「家業を継がなくなる」
「環境と遺伝子」、この二つがそろわなければ、後継者は育ちません。
極論をあえて言いますと、家業を継いだ私たちの年代の親で、「子どもが継がない」と言って嘆いているのは、子ども夫婦をマンション暮らしさせている方たちが多いです。家業の場所から少し離れてマンションなどに住んでいたら、土日祭日がどれほど忙しいのかを、その嫁も知ることができません。ましてや、子どもには伝わらずじまいで育ちます。意識はどうしてもサラリーマン家庭のようになりがちで、その子は家業を継がなくなる傾向があります。
口で教えられるのではなく、肌で感じ、周りを見ながら、自然と身につけることがとても大切なのです。私も、息子も、素直に継承したわけではありません。本書では触れませんでしたが、私の場合は、“父親と意見が合わず家出をする”という一つの大きな転機がありましたし、息子は息子で“東京で就職活動をする”という一つの大きな転機がありました。それでもなお、乗り越えられたのは環境に育てられたことが大きいと、いまでも信じています。
息子には、孫は平八茶屋の敷地内で育ててくれとお願いしました。いま孫は高校生で、大学はどこに進学するのかはわかりませんが、しかし卒業後は料理人の修業をし、後を継いでくれると思っています。
孫が楽しみにしていた「中央市場の中華そば」
孫が小さい頃はいつも中央市場の買い出しに連れて行きました。中央市場の中に、石田食堂という定食屋がありました。メニューは和食から中華、洋食まであり、京都の料理人たちが通う、朝から食べられる食堂だったのです。
ここの食堂では、中華そばが有名でした。特別変わった味ではありませんし、妙に凝ったものでもありませんでしたが、しかし他のお店では真似できない旨さがありました。孫もまた中華そばを食べるのが楽しみだったようです。冬の季節はもちろんのこと、暑い夏の季節でも美味しいです。
何気ないことですが、一日の朝がどのように始まり、一週間はどのように過ぎるのか、市場で何を買うのかなど、その一つひとつが体に染み込んで、後継者としての下地がつくられていくのです。この下地は、後継者が店の敷地内で暮らすからこそ育つのです。
「家業」は次第に、日本の中で絶滅危惧種になりつつあります。決して楽な人生ではありません。寄らば大樹もなく、毎日が勝負の生活です。現在、日本人の暮らしの中で、つらく厳しい生活をしているのが家業かもしれません。
最近、ある経営者の方から、「平八茶屋は日本の家業のレジェンドだ。希望の星だ。暖簾を掲げ続けてください」と言われました。