スマートフォンは私たちを豊かにしているのだろうか。フランスでは2017年から「勤務時間外メール禁止法」が始まっている。政治社会学者の堀内進之介氏は「『スマホ中毒』のような状態は望ましくない。意志の力には限界があり、法律のような『環境』を整えることも検討すべきだろう」と指摘する――。

スマホの通知で「ADHD」に似た症状が生じている

※写真はイメージです(写真=iStock.com/iunderhill)

TWS(Time Well Spent)という言葉を聞いたことがあるだろうか? 直訳すると「有意義な時間」ということになるが、スマホを眺めることで時間を浪費せずに、限りある時間を大切に使おうという意味だ。この言葉は、グーグルの元従業員で、「Time Well Spent」という名の組織を立ち上げたTristan Harrisが広めたものだ。

TWSは、GoogleやAppleをはじめとした多くの企業にとっても、無視できないものになってきた。スマホ使用の弊害が、いよいよ認識されるようになってきたからだ。

たとえば、ヴァージニア大学の心理学研究者であるKostadin Kushlevは、スマホの通知によって注意散漫になったり、多動的になったりするなど、ADHDに似た症状が生じていることを報告している。

スマホ使用の弊害は、多くは、スマホを手放さないことからくる。そう思われている。しかし、私たちは、注意力という通貨を無駄に消費しようとは思っていない。したがって、手放さないというよりも、実際には、手放せなく「させられて」いるのだ。

多くのサービスでは、人々が費やす時間が増えるほど、利益も増える。だから企業は、提供するサービスに、滞在時間をできるだけ長く、接触回数をできるだけ多くする仕掛け、デザインを施している。それは、こう言ってよければ、私たちの注意力という通貨を取り上げて、リアルなお金にエクスチェンジするのと同じだ。

「見逃すことへの恐怖」をどうやってコントロールするか

騙されているとは言わないまでも、二度と取り返せない時間を、注意力とともに手放す価値はあるのか? TWSは、企業から提供されたサービスは、私たちが対価として支払った注意力に本当に見合うものなのか、それを再考しようという試みなのだ。

重要なのは、「注意力という通貨を無駄にしない」ことは、スマホ使用を単に制限することと同じではない、ということだ。無理な制限は、私たちのストレスを増すだけだ。それは生産性を上げることにもつながらない。

カーネギーメロン大学のシステム科学者であるLuz Relloたちの研究によれば、スマホ使用(通知)を仕事中に制限した場合には、ストレスや生産性が上がった一方で、自由時間に制限した場合は、むしろ不安を感じる結果になったという。昨今では、FOMO(Fear Of Missing Out)、つまり、見逃すことへの恐怖として知られる現象だ。

FOMOは、ある種の中毒症状だと考えることはできる。しかし、タバコや酒などとは違って、大半の人は、スマホを一切手に取らない生活を生涯続けることは不可能だろう。そうであるなら、必要なのは闇雲に制限することではなく、適切なタイミング、適切な場所、適切な目的に応じて、むしろスマホを「上手く使いこなす」ことであるはずだ。

これは、去年、話題になった「デジタル・ウェルビーイング(Digital Well‐being)」についても、少し見方を変える必要があることを意味している。どういうことだろうか。