夫の安否だけを考えていた自分の愚かさを恥じた
これは沖縄県警のHPに記された飲酒加害家族の手記だ。
『夫の飲酒運転事故は私や子どもの人生に大きく影響をもたらしました。酔いつぶれて帰ってきた翌朝、車があることにしばしばびっくりしながらも、運転できるぐらいの量だったんだと安堵していた日々。夫の酒がひどくなった頃、毎日のように繰り返す飲酒運転のことで、喧嘩は絶えませんでした。救急車のサイレンが深夜に鳴り響くと夫が事故で怪我したのでは……と、真っ先にそのことを思い、その次によぎることが他人に怪我をさせたのでは……と帰ってくるまで不安で眠れないことも度々でした。
一番避けたかった出来事が現実になった日。事故現場で、酒が残ったしまりのない顔でたたずんでいる夫の惨めな姿に、ついに起こってしまったという怒りと情けなさでいっぱいでした。命に問題はないと聞かされ安心したものの、愚かな行為の結末を受け止めるにはあまりにも残酷な結果でした。
救急室で被害者の姿を目の当たりにした私は平常心を失い、我を忘れ被害者の横たわるベッドの脇で、青白く冷たくなった足を必死にさすりながら「ごめんなさい……ごめんなさい……」と恐怖でいっぱいになり泣きながら言い続けていました。これまで、飲酒運転で怪我をしたら困ると、夫の安否だけを考えていた自分の愚かさを恥じ、見ず知らずの人に一生消えることのない傷を負わせたことへの罪悪感を持ち続けて生きる辛さを知りました。そして飲酒運転の代償の重さを……家族が受ける地獄のような生活の始まりでもありました。
夫は事故後、ショックで更に飲酒量が増え、1か月も経たない内に精神病院でアルコール依存症と診断されました。事故の後始末や夫がやるべき問題を私が解決に奔走するようになった頃、目の前のあらゆることが自分の責任となってのしかかり、被害者に対して「もっと何かしなければ……」と負い目を感じ、要求されるままに見舞金をかき集め支払いました。被害者が苦しい入院生活を送っていると思うと「幸せになってはいけない」という罪を自分に課していったのです』
酒場でのセクハラやパワハラは日常茶飯事ではないか
タバコを禁止するなら、他のものも禁止しないと公平・公正な態度とは言えないのである。私はほとんどお酒を飲まないが、酒場でのセクハラやパワハラは日常茶飯事ではないだろうか。
年間何千人もの人が交通事故で死ぬ、クルマだって、タバコ以上に危険な代物だ。クルマの排気ガスだって危ない。なんでもかんでも禁止にするのはいいが、そんな息苦しい社会にしたいと、タバコ撲滅論者は考えているのだろうか。不思議でならない。多様性を認める寛容な社会を目指すか、何でも禁止の社会を目指すのか。精神を落ち着かせる効果を持つ喫煙と感情的になりがちな飲酒。タバコだけ禁止という根拠をぜひお示しいただきたいものだ。
2つ目は、兵庫県で、今、起きていることだ。
前述したが、私は兵庫県知事の井戸氏の行政手腕を高く評価している人間の一人だ。だからこそ、今起きていることが少し心配だ。配下の役人がきちんとした情報を知事にいれているのだろうか。
兵庫県は、健康被害が未だ明らかになっていない、加熱式タバコについて、厚生労働省も認めている飲食が可能な「加熱式タバコの専用室」を認めないという。明らかな行き過ぎであろう。紙巻きのタバコと最新テクノロジーの恩恵を受けた加熱式タバコを一緒くたに議論して、条例改正後も同じ規制をしようとしているのだ。