アメリカの同盟国を驚かせた、マティス前国防長官の突然の退任。日本ではその原因を、同盟国重視の「良識派」マティスと「アメリカ・ファースト」のトランプの対立に求める向きもある。だが国際政治学者の篠田英朗・東京外国語大学教授は、「対テロ戦争でもはや勝利を目指さない」というアメリカの根本的な方針転換が、その背景にあると指摘する――。
昨年限りでたもとを分かったマティス前国防長官(左)とトランプ大統領(写真=AFP/時事通信フォト)

政権にとっても痛手のはずだが……

2018年末でアメリカのマティス国防長官が退任した。輝かしい経歴を持ち、尊敬されていた元軍人であっただけに、その衝撃はトランプ政権にとっても小さなものではない。

トランプ大統領は、史上初めて、公職歴を持たず就任した大統領だ。そのためトランプ大統領は、マティス長官に最大限の配慮をしていた。そのことは、例えば一般教書演説の最中に、マティス長官だけを特筆して称賛するなどの過去の振る舞いからも、はっきりしていた。マティスの退任は、大統領にとっても痛手だ。

ただし一部メディアでは、マティスの存在を「良識派」と持ち上げすぎている傾向がある。トランプ政権の迷走ぶりを強調するストーリー展開から、トランプ=狂気、マティス=良識、という人工的な図式をあてはめすぎようとしているように思われる。

確かに人間的な対立もあっただろう。マティスのような職業軍人にとって、破天荒なトランプ大統領が、尊敬に値する人物ではなかったことは間違いない。同盟関係を重視するマティスにとっては、例えば大統領の北大西洋条約機構(NATO)同盟国の扱いは、不愉快なものだっただろう。

だが本質は、そこにはない。結局は、岐路に立つアメリカの対外政策に対する姿勢の根本的な違いが問題だった。

「対テロ戦争」への姿勢の違い

マティス長官は、2001年9.11以来のアメリカの「対テロ戦争」の中で、職業軍人としての経歴を極めた。2001年アフガニスタン侵攻の「不朽の自由作戦」において、海兵隊でありながら海軍タスクフォースを率いた。2003年イラク戦争では 第1海兵師団を指揮し、ファルージャの戦争にも関わった。そしてジョージ・W・ブッシュ政権下で、大将に進級し、アメリカ統合戦力軍司令官に就任した。NATOの変革連合軍最高司令官を兼任し、ともに戦う同盟国の重要性を再認識したとされるのは、そのときである。「Mad Dog」と異名をとったマティスの経歴は、「対テロ戦争」強硬派の職業軍人のものである。