南北融和に協力せよ、と言外に示した

日本のマスコミは通り一遍の報道であまり騒ぎ立てなかったが、私が驚かされたのは18年9月下旬の国連総会における文大統領の演説である。北朝鮮の金正恩委員長が非核化に向けて積極的に取り組んでいると評価したうえで、「今度は国際社会が北朝鮮の新たな決断と努力に前向きに応える番だ」と北朝鮮への後押しを世界に強く訴えたのだ。

これまでアメリカを先頭とした国際社会が北朝鮮に求めてきた非核化は「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」だった。CVIDが果たされるまで北朝鮮への制裁を続けるということは、少なくとも日米韓の首脳間で申し合わせてきたし、文大統領もこの主張を反復していた時期もある。

ところが先の国連演説では非核化が達成されるまで制裁を解除せずという従来の主張を完全に引っ込めてしまった。

「北朝鮮の決断と努力に対して国際社会が前向きに応える番」「これから関連国の間で非核化に向けた果敢な措置が取られ、終戦宣言につながることを期待する」というスピーチは、つまり制裁を棚上げして(自分も努力している)南北融和に協力せよ、と言外に示したわけだ。

トランプ大統領は「金委員長と恋に落ちた」と発言

国連総会に出席していた北朝鮮の外交官は文大統領に大きな拍手を送っていたが、あたかも北朝鮮のスポークスマンか金委員長の代弁者という体だった。17年まで核実験や弾道ミサイル実験をさんざん強行してきた金委員長を、南北首脳会談で年に3回会っただけで、「誠実で、経済発展のために核兵器を放棄すると私は信じている」と無防備に信じられるものだろうか。

件の国連総会では、文大統領ばかりではなく、中国やロシアも北朝鮮への制裁緩和を呼びかけた。中国とロシアは国連安保理の制裁決議に反して、洋上で北朝鮮の船に積み荷を移し替えて石油精製品などを密輸する「瀬取り」を行い、アメリカから名指しで非難されてきた。

しかし、両国は「朝鮮半島の非核化は段階的、同時的に進めて相互の行動が伴うべき」として北朝鮮への制裁緩和を求めた。北朝鮮制裁の完全履行を求めるアメリカにしても、米朝首脳会談の共同声明にはCVIDが盛り込まれず、「朝鮮半島の完全な非核化」という表現にとどまった。

トランプ大統領は支持者集会で「金委員長と恋に落ちた」とジョークを飛ばす始末。結局、国連総会でCVIDをしつこく主張したのは日本の河野太郎外相だけで、六カ国協議のメンバーでいつのまにか日本だけが浮き上がる構図になってしまった。